好きと、嫌い






「リノアは好き嫌いが多すぎるな」

スコールが料理へ手を伸ばして口に運ぶのを黙ったまま見つめていたら、突然、そんな事を言われた。

「そうかな……?」
「ああ、多すぎる。……まさか……リノアも自覚してないわけないだろ?」

口に運ぼうとしたサラダをそのままに、驚いたような表情を浮べて見つめていたスコールに「まさか!」と言い、慌てて首を横に振って否定する。

「やだ、そんなわけないよ!私はスコールみたいに自分に関心が無い訳じゃありません!」
「そうか。ならいいんだが……もしも」
「……もしも?」

言葉を言いかけ、考え込むように黙ってしまったスコールに訊き返す。
スコールは止まっていた手を動かしフォークに刺さったままのサラダを口に運ぶと、それが盛られていた器を黙って見つめた。
器に盛られたレタスの間から鮮やかなライム色が覗いている。
スコールと同じように器を見つめながら、野菜を盛るのにこのお皿を使ったのは勿体無かったかも知れないと思い直す。
せっかくの鮮やかなライム色が、レタスの色と同化して可愛らしさが半減してしまった。

「リノアの場合は何が好きで、何が嫌いなのかが明らさまに分かるからな。これで自覚がなかったら、困る」
そう言った彼は、俯き加減に小さく笑う。
「ひどーい!なんか遠回しに分かりやすいヤツって言われてるみたいで嫌なんですけど!」
「いや、リノアは分かりやすい」

顔を上げ、そういう所がな、と言ったスコールは、続けて「自覚しているなら、いいんだが」と笑った。
その、スコールの笑顔に、つい心の奥がドキッと音を立てて跳ね上がってしまう。

空気を吸い込み深呼吸をすると、跳ね上がって高く踊ってしまった心を悟られないよう抑えながら頭の中で別の事を考える。

スコールこそ自覚して欲しい。もっと自分のことに関心を持つべきだ。と、そう思う。

こんなふうに笑顔を向けられたら……誰だってドキドキしちゃうよ。
熱くなった頬に片手を当てて触れながら、アイスティーの入ったグラスを持ち一口飲み込むと、喉元にひんやりとした冷たい感触が伝わった。

「嫌いな物でも、とにかく口にすれば良いんだ。意外と旨い事もあるかもしれない」
「……例えば……香草焼きみたいに?」
「ああ、そうだな」

スコールは笑ったまま目を細めて一つ頷く。

「それに、選り好みは食事のバランスにも悪い。体力も付かなくなるし、免疫力も低下する」
「私はSeeDじゃないからスコールみたいに気にしなくてもいいんです!」
「だが、嫌いな食材があれば料理にも影響するだろ?」

流石にその一言には何も言い返せなくなってしまう。
スコールの言っていることはもっともで、彼に料理を作っている自分に好き嫌いがあれば、必然的にスコールもその食材を取れなくなってしまう。
彼だけの為に食材を使って料理を作ることはもちろん出来るけど……きっと美味しくは作ってあげられない。

「克服出来ることは、した方がいい」

スコールはサラダに手を伸ばして、トマトにフォークを刺す。

「それに今と昔とでは好みも変わっている場合もある」

刺したフォークをおもむろに持ち上げたスコールは「ほら」と言う。


「やっぱり……気付くよね?」
「当たり前だ。さっきも言っただろ?リノアは明らさまだって」

呆れたように言うスコールは、二つの器を交互に指差す。
ライム色に縁取られた二枚のお皿。
サラダが取り分けられたその器は、一方にふんだんのトマトが載せられ、もう一方には全く載っていない。
もちろん、トマトが無いほうが自分の分だ。

肩をすぼめて誤ると、スコールは「リノアらしいが……これは分かり過ぎる」と言ってまた笑う。

「ねーそれ、もしかして食べろ……ってことかな?」

トマトが刺さったフォークを、柄の部分を向けて差し出しているスコールに訊くと、スコールはそうだと言って頷く。

「私、トマトの感触が嫌いなんだ……口に入れて噛んだ時の、プチンってなるのにドロっとしたのが……どうも苦手」
「でも味は嫌いじゃないんだろ?」
「そ、そうだけど」
と言って俯いてしまうと、スコールが小さく噴き出すように笑ったのが耳に届いた。
顔を上げて彼を見ると、スコールは困ったような苦い笑いを浮べていた。

「そんなに嫌なのか?別に無理に食べさせるつもりは無かったんだが……すまない。誰にだって譲れないことはあるな」

差し出していた手を引き、スコールは刺さったままのフォークを自分の口元に持っていく。

「まって!」

それを遮るように声を上げると、彼の腕を掴んで止めてしまった。
何故そうしたのかは判らない。
けど……今なら食べられるような気が……そんな気がしてしまった。

「スコールが食べさせてくれたら……食べれる……かもしれない……」

自分ですら呆れてしまうような理由に、スコールはまるで理解出来ない言葉でも耳にしたかのように黙って動きを止める。
動きを止めた彼を見つめながら、当たり前だよねと心の奥で思う。
こんな理由で苦手なものが克服出来るようになるなんておかしい。
後悔と似た感情が、波のように押し寄せている。
だけど……


だけど、そんな気がしちゃったんだもん。


好きな人が与えてくれるなら、たとえ嫌いなものだったとしても……好きになっちゃうかもしれないって、スコールの顔を見ていたら、そう思えたの。

「嫌なら無理することはない」
「ううん、違うよ、無理してない。食べてみたいの……」
首を振って答えるとスコールは「わかった」と言って頷く。
フォークに刺さったままになっていたトマトを口に入れてしまった彼は、サラダの上から新たにトマトを一つ取り、それを差し出す。
先程のようにフォークの柄を向けるのではなく、口にする部分をこちらに向けて。

顔を寄せ、口にしたそれは……

噛み締めると小さく弾けて、甘酸っぱい味を口の中一面に広げた。

「どうだ?」
スコールが笑って訊く。
「うん……美味しいよ、それに……」

それに、この感触。少しだけ似ていた。


小さく弾けて広がった、甘酸っぱい味。
スコールを好きって思う時の気持ちと、ちょっとだけ似てたよ。

2007/9/16 UP