Thanks For Clap!




 1.夏?それとも冬が好き?

『夏?それとも冬が好き?』

それは、親しい友人との間で一度は交わした事のある話題だと思うんだけど、私とスコールの間でも一度だけそんな話が持ち上がった時があった。
ちなみに私は春が好きなんだ!と答えると、確かスコールは「質問の答えになってない」って言いながら眉根を寄せていたっけ?
それから「夏も冬も、どっちだって一緒だろ?」って、まるで興味なさそうに答えていたと思う。

確かに。
スコールの場合、こんな質問をしても真剣になって取り合ってくれるとは思えなかった。真剣にと言うよりも、彼にとって季節は好みで比較する対象にはならないんだと思う。だから、"冬も夏もどっちだろうと変わらない"その回答が彼にとっての、本当の気持ちだったのだと思う。

だけど私は、スコールは夏の方が好きなんじゃないかなって思ってる。
好きって言うよりも、冬が苦手なんだよね、きっと。

何故ならスコールはとっても寒がりだから。

あの時のスコールは違うって否定していたけど、やっぱり苦手なんだよと、今日の私は確信していた。
それは現に今、スコールは寒いと口にしながらベッドにもぐり込み、背を向けたまま猫のように丸まっているから。
今日は珍しく雪も降っていて確かに寒さが堪える。けれど部屋の中にはしっかりと完備された空調が行き届いているのだから、言うほど寒いとは感じない。
もしかして熱でもあるんじゃない?って訊いたけど、スコールはただ寒いだけだって答えるだけだった。

「ねぇスコール、スコールはやっぱり冬が嫌いなんだよ?」

私は何時かの質問を、少しだけニュアンスを変えてもう一度スコールに投げ掛けた。
ベッドの横に移動して腰を下ろすと、少しだけ体を仰け反らせてスコールの表情を覗き込もうとした。けれど、彼の顔の半分以上を覆ってしまっているシーツが邪魔して、スコールがどんな表情で居るのか伺う事は適わない。

「……何でそう思うんだ」

幾らかの間を置いてシーツの中からくぐこもった声が聞き返す。
相変わらず背は向けたまま。

「何でって……だってそんなに寒がりなんだもん」
「……寒がりだから冬が嫌いとは限らないだろ?」
「でも、そんなに苦手だったら嫌いになると思うんだけどなー」
「いや、本当に嫌いじゃない」

それまで背を向けて丸まっていたスコールがやっと振り返ったと思ったら、突然上半身を起こして私の腕を掴んだ。

「……うわぁっ!!」

そのまま強く引き寄せられると、スコールの腕の中に閉じ込められ、私たちはそのまま勢い良くベッドに倒れこんでしまう。

「ちょっと!スコール?」
「こうしていれば寒くないだろ?」
「え?」


――だから冬は、別に嫌いじゃない。


その一言に私は、何も答える事が出来なくなって……。
寒いどころか、頬まで一気に熱が上がってしまう。
それを察したのか、スコールは「やっぱり寒くないな」と言って笑うのが、密着している身体に伝わる振動でわかった。

「もうっ!!」

スコールの肩を叩こうと腕を動かしてみるけど、しっかりと捕らえられた身体では、思った以上に力が入らなかった。

2007/11/25 UP





 2.予測不能

彼女の行動は、いつも予測が付かない。


陽が傾き始めようとする時刻。
渡り廊下に流れ込む暖かい空気に、いくらかの冷たさが混じり始めていると気付き、書類に埋め尽くされた文字の山から外の景色へと目を向けた。

バラムガーデンの中庭には、水々しく茂った庭木が、普段と同じように立ち並んでいる――はずだった。
けれど何が起きたと言うのだろう。
視線を向けた先には、普段とはまるで違う光景が広がっており、思わず目を疑った。
きっと何かの見間違えではないだろうか。そう願いながら手すりの傍まで足を進め、上半身を乗り出すようにして改めて外の様子を覗き込む。けれど僅かに抱いていた期待は空しく崩れ去り、やはり見間違えなどではないようだと、現実を思い知るばかりだった。

ここから少し離れた場所。中庭の一角には等間隔で植え込まれている木々が在る。その木々の合間で真っ白なシーツが風になびいていたから目を疑った。
どこからか飛ばされ偶然にも引っ掛かっていたのではなく、意図的に。木と木の間に括り付けたロープにシーツは掛けられ、まるで穏やかな海面の波を思わせるように揺れていた。

誰がこんな事――――。

けれど考えるまでもなく心当たりの目星は付いた。
真っ白なシーツが風に翻る度に、その合間から同じリズムで風になびく黒髪が僅かに覗いていたからだ。
丁度、間を隔てたように並ぶシーツによって、裏側に立つ人物の顔を確かめる事は出来ない。けれど、確かめなくたって判ってしまう。

「リノア!」

その場から声を上げて名前を呼ぶと、シーツの合間からひょっこりと顔が覗く。

「スコール!! どうしたのぉ!」
「どうしたって……それはこっちが訊きたいくらいだ……いったい何してるんだ!」

間延びした返答に調子を崩されそうになりながらも、改めて訊き直し同時に渡り廊下から中庭へと続く道に足を進めた。

「何ってお洗濯だよ?」
「いや、それはわかってる。そうじゃなくて、何でこんな所で」
「だって」

人差し指を天に向けたリノアは、指先が示す場所と同じように目を向け

「だってこんないいお天気だもの、もったいないじゃない」

そう言ってリノアは太陽に負けないくらいの輝かしい笑顔を覗かせた。
その時、渡り廊下の向こう側から数人の女子生徒が、微笑ましい物でも見るような眼差しを向けて、小さな笑い声を押さえ走り去って行く姿が目の端に映り込んだ。
つい頭を抱えたくなってしまった衝動を抑え、リノアが見つめている空を同じようにぼんやりと見上げた。太陽の暖かい光が頬に降り注ぐ。眩しさに目を細めながら改めて風に揺れるシーツを見つめ直し、そしてリノアに目を向ける。

やっぱり、リノアの行動は……いつも予測が付かないな。

その時、何故だかふと可笑しさが込み上げた。
声を押し殺すように口元に手をあて耐えていると、不思議そうに見上げたリノアが物言いたげに眉を顰める。
そんな彼女に何でもないとだけ伝えて手を伸ばし、シーツの陰になるようにそっと引き寄せて腕の中に納めると、頬を寄せたリノアの髪からはシーツと同じように太陽の香りがしていた。

2008/3/16 UP





 3.久遠

薄明かりが窓から仄かに差し込んでいた。

暗い漆黒の闇に、異色ともいえる輝きを放って浮かび上がる白い月。
夜空の月は静かに物悲しく、どこか凛とした姿を映し出して淡い光を大地に降り注ぐ。
ベッドから起き上がったリノアは、窓の側に歩み寄るとそっと月を見上げた。
窓の外に見える満月。
その満月を撫でるように窓の表面に手のひらを這わせながら、空いたもう一方の手で首から掛けられたチェーンに通されたリングを握りしめる。

こんな満月の日には思い出さずにはいられなかった。
あの暗く静寂に包まれた冷たい空間を。
――放り出された無の空間。その寂しさと、身に迫って感じた自分の死。そして己という器の内で渦巻く強大な力、決して抗う事のできない、もう一人の自分という存在。

こんな日には思い出さずにはいられない。

普段は気にすることがなくとも、満月を見上げていると改めて思い知ってしまう。
胸の内に潜むもう一つの存在。秘められた――――強大な力を。

心を波立てるように表へと溢れ出る秘めた力は、過去の記憶と共にいつだって私の心を不安で掻き乱す。
時に欲望へと誘い、悪しき力となって心と体を支配し、支配されてきた彼女達の記憶と共に、身を裂くように体の奥底から湧き上がって取り込もうとする。

不安、恐怖、悲しみ、痛み。

彼女たちは何時の時代もこの恐ろしい力のために、世界を脅かす存在となり、人々から迫害されてきた。
恐れる人々は彼女達を決して許さず、彼女達の力に憎しみの刃を向けてきた。

――――人間と魔女。

力を恐れた人間たちは、何時の時代も魔女を憎しみ、恨み続けた。
そして強大な力を持つ彼女たちは、苦しみ故に悪しきものに心を支配されてきた。
どれだけの時が流れようとも終わりのない無限ループのような負の連鎖。
彼女達の心にあるのは、いつだって悲しみと報われることのない人々を想う気持ち。
どれだけ世界を憎もうと、どれだけ世界から憎まれようとも、それでも、彼女達が心の奥底で募らせていた願いは、人々への愛おしさと――――温もりだった。

けれど許してはくれない。
世界は許してなどくれなかった。

誰かを愛おしく想う気持ちを。
誰かを恋しく願う気持ちを。

世界は許してくれない。

大きな力を手にする代わりに彼女達が代価として失ったものは――――愛する人々。


それなら私は?

この力を手にしてしまった、私は?

私が手にした力の代わりに失わなければならないものは――――。



「リノア」

何時の間にか両頬が温かい掌に包まれていた。
はっとして、伏せていた瞼を開いて見上げてみると、目の前にはブルーグレーの瞳が静かに覗いていた。

「……スコール」

さっきまでベッドで静かに眠っていたはずの彼は、何時の間に起きていたのだろう。
彼は窓辺に佇むリノアの直ぐ目の前に立ち、その大きく温かい両の手でリノアの頬を包み込んでいた。
窓辺から差し込む月明かりは彼の表情を優しく照らし出し、柔らかなブラウンの髪をほんの少しだけ金色に染めている。

「スコール」

もう一度、彼の名を呼ぶ。
まるで、その言葉以外を知らないように。壊れてしまった人形が同じ言葉を繰り返すように彼の名前だけを繰り返すと、スコールは返事の代わりに、両頬に当てていた手を背中へと回し、強く抱きしめた。
その弾みで頬に熱く伝い落ちる物を感じる。先程まで彼の温かな掌に包まれていた自分の両頬は、今は別の熱を感じていた。
彼の背に両手を這わせ、同じようにきつく抱きついたリノアは、スコールの肩に額を押し当て、自分が涙を流している事を知った。
いつから涙を流していたのか、いつから彼が気づいていたのか。確かな事は何一つ判らない。
けれど一つだけ理解できることがあった。

それは、自分が流しているこの涙の理由。

彼の腕の中で、今も止めどなく溢れ続ける涙は、自分自身の中の……。
自分のものではない記憶がそうさせているのだろう。
受け継いだ記憶。力と共に受け継いだ、彼女達の記憶が今この涙を流させているのだろう。そしてこの先に訪れるかもしれない未来への不安が、流れる涙の理由なのだろう。

いつか訪れるかもしれない未来への不安。
誰もが許されなかった願いの結末。

「リノア」

だけど……。

「リノア」

どうか、どうか。

「リノア、ずっと傍に居る……」

どうか今だけは。
この時が永遠に続くのだと――――信じさせて下さい。

2008/8/17 UP