one's future




幼い頃から戦いの中で育ってきた。
『生きる』とは誰にも頼らず自らの手で掴み取り、そして勝ち得るものだと思っていた。
だから出会ったばかりの頃、リノアの考えの甘さや一人の力ではどうすることも出来ない弱さに、苛立ちを覚えた。

2.

「何ゆうてるんや!こんな状況で皆がバラバラになるなんて、それこそ」
「そうだぜスコール!そんなことしたら取り返しのつかない状況にだってなり兼ねないだろ!」

それまで樹の根元に腰を下ろし、僅かな休息を取っていたゼルとセルフィが揃って顔を上げると、二人はその場に勢いよく立ち上がり、少し離れた場所で一人森の奥に目を向けていたスコールに声を荒げた。
突然に告げられたスコールの「班を分ける」との言葉。その一言に納得できないと反発を見せる二人は、珍しいことにその感情を隠すことなく、抵抗を露わにしている。彼等の声にスコールが振り返ると、ゼルの真っ直ぐに向けられた瞳がスコールの目に留まる。

「別々に行動すればそれだけ戦力だって半減するだろ、そんな危険なこと……できる訳ねぇよ」

心配そうに眉根を寄せて訴えているゼルの表情は、今しがたスコールが口にした言葉を半分冗談として捕らえたいのか、無理に笑顔を作ろうと笑ってみせる。しかし、表情を上手く作り上げる事ができなかったらしく、ゼルの顔は頬の引き攣った泣き笑いとも似た複雑な表情に崩れるだけだった。

明らかに切羽詰まった様子で向けられているゼルの表情を認めながらも、スコールは何を感じた訳でもなくその場からそっと目を逸らし、前方に広がる森の奥にもう一度目を遣り、その先に続く闇を見つめる。
どこまでも深く続いている木々の奥、闇に染められた道の果てに、じっとこちらを窺う気配のようなものがある。いや、前方だけではない。自分達の左右も後方も、四方を取り囲む森の樹木の影からは息を潜めた気配が多数存在している。

「おい、聞いてるのかよ!」
「はんちょ……スコール!」

「二人とも落ち着きなさい!」

ゼルとセルフィが焦るようにスコールの名を呼ぶと、彼等の直ぐ後ろから別の声が制するように上がった。
同時に声の方へ振り返ったゼルとセルフィは、一箇所に視線を留めて互いに顔を見合わせると、そのままそっと口を噤む。何か腑に落ちなかったのか、むっとしたような表情を浮かべて俯いていたゼルは、その場にドサリと音を立てて座り込むと、組んだあぐらに立て肘をついて頬を支えたまま瞼を閉じてしまい、同じように少し離れた場所で力なくしゃがみ込んだセルフィは、折り曲げた膝を両腕で抱え込み、その中に顔を埋めてしまう。

「焦っても仕方のないことよ、それに……」

二人の様子に一つの溜息を吐いたのはキスティスだった。
ゼルやセルフィと同様に樹の根元に腰を下ろして、隣に座るリノアに怪我の処置を施していたキスティスは、ゆっくりとした動作で顔を上げる。頬に張り付いたブロンドの髪を無造作に払い除けると、彼女はゼルとセルフィを見遣った後スコールへと顔を向けた。
キスティスの顔は、その艶やかな容姿に相応しくない泥の汚れや血の痕が薄っすらと滲み、表情にもいくらかの疲労が浮かび上がっているようだった。しかしそれはキスティス一人に限って言えることではない。この場にいる誰もがみな、彼女と同じように疲労を押し隠した表情を浮かべ、先程から荒い呼吸を繰り返している。

「スコール……あなただって何かの考えが有っての事なんでしょう?」

声にもう一度振り返ったスコールは、その眼差しをキスティスに向けようとして、けれどある一点に吸い込まれるように視線を留めると、黙ったままその箇所を見つめ続けた。

ぼんやりと淡い輝きを放っている白い包帯。

左腕に巻かれた真新しい包帯は、巻かれている者の腕の白さよりも更に眩しい輝きを放って、そこに幾重にも巻きつけられていた。
今しがた怪我の処置を施されたばかりの、リノアの左腕に。





「スコール、聞いてるの?」

再度呼ぶ声に振り返ってみれば、怪訝そうに眉を顰めて目を細めているキスティスの視線と噛み合う。長く包帯を見つめ続けていたせいか、網膜にはいつの間にか白い残像がくっきりと焼き付いていたようで、目を向けた先のキスティスの顔には白い靄のようなものが重なって映っていた。軽い眩暈を起こし、瞼に僅かな力を込めると、スコールは瞬きを数回だけ繰り返した。
改めてキスティスに目を向けると、彼女は物言いたげそうに口を開きかけたが、思いとどまったように言葉を飲み込んでしまうと、スコールから目をそらしてリノアの腕に巻きつけている包帯へと意識を戻した。

「しばらく痛むかもしれないけど我慢してちょうだい」

そう言って苦みを帯びた笑顔を浮かべ、キスティスはリノアの腕に巻きつけた真新しい包帯の結び目をしっかり固定する。

「ありがとう」

治療を終えて緊張が解けたのか、強張っていた表情を少しだけ崩して笑顔で礼を伝えたリノアは、左腕にきつく巻かれた白い包帯を見つめ、指先で撫でるように傷付いた箇所に触れた。

先刻のバトルで傷を負ったリノアは、休憩の合間に治療を受けていた。
負傷がそれほど酷くなかったことと、アイテムの使用を極力減らしたいことから治療は応急処置で済まされることになったのだが、いくら傷が浅いといっても、やはり痛みが無い訳ではない。怪我の状態を確認するかのように傷付いた腕を上下させているリノアの動作はとても鈍く、そんな様子からも彼女が重い痛みに耐えているのが見て取れる。
リノアは何度か腕の動きを確かめるように上下運動を繰り返していたが、やがてゆっくり下ろすと、誰にも悟られない程度の小さな溜息を一つ零していた。

「……それでスコール、あなたの考えを聞かせてくれないかしら?」

リノアの治療を終えたキスティスは、素早く治療具を片付けると腰掛けていた木の根元から立ち上がり、スカートの裾に付着した埃を掃ってしなやかに背筋を正す。彼女がスコールの居る場所へと足を一歩進めると、丁度、全員が位置する中心あたりで立ち止り、腰に手を当てる格好でスコールに眼差しを向けた。

キスティスの言う「考えを聞かせてほしい」とは、班を分ける利点とその理由だろう。
不覚にも迷い込んだ深山で、連続エンカウントという思わしくない状況。そんな状況下で班を二つに分ける必要があると判断した真意が何処に存在するのか、その理由をキスティスは求めている。
いや、キスティスだけじゃない。彼女の言葉を合図とするように、力なく項垂れ消沈しきっていた様子のゼルも反応を示していた。同じようにセルフィも抱えていた膝から顔を持ち上げスコールへと目を向ける。アーヴァイン、そしてリノアの瞳もスコールへと注がれていた。

そんな彼等の視線を一身に浴びながら、スコールは一人考えを巡らせていた。

班を分ければ、ゼルやセルフィが言うようにリスクが増えるのは確かである。それはスコール自身も理解していた。
けれど、今のこの状況。出口の見えない深山に迷い込んでしまった失態に加え、運が悪いことに、ここは多数のモンスターが生息する土地でもある。そのため、どれだけ注意しようともバトルを避けることができない状況なのだ。
ここへ来る前に不足なく揃えられていた手持ちのアイテムと魔法も、時間の経過と共にその数が尽きようとしている。当然ながらアイテムや魔法を使用する頻度は目に見えて減り、同時に体力の消耗と負った傷の深さばかりが目立つようになった。
そして状況を悪化させている要因はそればかりではない。

リノアという存在――。

誰も何も口にしようとしないが、戦闘に慣れたスコール達とは違い、リノアは多少の戦術は得ていても、やはり素人なのだ。必然的に彼女を庇いながら戦うことを余儀なくされ、結果、それはチームの穴を生むこととなった。
いくら戦いに慣れている者であろうとも、自分以外の誰かを庇いながらの戦闘はそれなりに負担が掛かる。守りに意識を向けながら戦う事によって僅かな隙が生じ、その隙という小さな乱れが次第にチームの均衡を崩し、仕舞には状態を悪化させる結果となってしまった。

いつの頃から限界が近付き始めていた。
このまま同じようにバトルを続けていれば、やがて追い詰められ取り返しのつかない事態になるだろう。
そうなる前にここから抜け出す手立てが見つかればいいと願っていたが、どうやらそういう訳にもいかないらしい。
それぞれの体力も極限まで迫っている。それに、リノアに至ってはもうこれ以上戦い続けることは難しいだろう。
これ以上は無理だ、随分前からスコールの脳内に警告音が発せられていた。

そこまで考えを巡らせたところで、鎖のように絡みつく思考を断ち切ったコールは俯いていた顔を上げた。
閉ざしていた口を開き、導き出した答えをゆっくり言葉に紡ぐ。

「このままいつまでも迷っている訳にいかない。皆も判るだろ?回復アイテムや疑似魔法も数が限られている。全員の体力が尽きる前に少しでも状況を変えたい」

一度そこで言葉を区切り、スコールは無言のまま首だけを動かしてセルフィの横へ目を向ける。

「アーヴァイン」

スコールよりも離れた場所、セルフィが座り込む横で一本の太い幹の表面に肩を持たせて立ち、黙ったまま腕を組んで話に耳を傾けている男、アーヴァイン。彼に目を向けて声を掛けると、不意の呼び掛けにも関わらず、意外にもアーヴァインは驚いた様子を一切見せずに、組んでいた腕を解く。直ぐさま立て掛けてあった愛用の銃へ片手を伸ばし、アーヴァインは掴んだ銃をしっかりと手のひらに確かめた。

「何だいスコール?」
「あんたの銃、弾薬はあとどのくらい残っている?」
「僕の銃?」
「ああ、残っている弾数と、どのくらいまでならバトルを続けられるかが知りたい。大凡で構わない」

スコールの淡々とした声音で伝えられる問い掛けにアーヴァインは首を傾げた。手のひらの中の銃を見やり、何を知りたがっているのだろうとでも言うように不思議そうに愛用の武器を眺めたまま答えに迷う。だが、早く答えてほしいとスコールの眉根に苛立ちが表れてしまうと、そんな様子を察したのか、ややあって本格的に考え込むように天を仰いで唸り、空いていた片手を顎に当てた。

「そうだなぁ……速射弾はもう無いし、散弾や火炎弾も残り数発。あとは通常弾が200発も残ってるかどうかってところかな~。今のままバトルが続くようだと、日暮れまで持つかどうか……ちょっと厳しいかもしれない。って、こんな答でよかった?」

今の状況をどれだけ深刻に捉えているのか。真意の読めない調子でお手上げだよと片手を天に向けてヒラヒラと振り動かして見せるアーヴァインにスコールは頷くだけで返答し、見回すようにしてアーヴァインから全員の顔へと目を向ける。次の言葉を切り出そうと息を吸い上げる瞬間、全員の意識が静かに寄せられるのがわかった。

「これから分ける一班には、周辺モンスターの排除を目的とする討伐班となってもらい、森を抜け出すためのルートを見つけ出してもらう」

そう言葉にした瞬間だった。
糸を強く引き張るように、仲間達の纏う空気が一瞬にして張り詰めたのが判った。
けれどスコールは、そんなことなど気にも留めないとばかりに構わず話を続ける。

「判っていると思うが、この場所に生息しているモンスターは手強い上に数も多い。このまま全員で闇雲に歩き回っていても、体力とアイテムを無駄に消費するだけで埒が明かない。全員が力尽きるのを避けるためにも、分かれた一班には前線に立ってもらい、周辺モンスターの撃退を頼みたいと思っている」

「……ちょっと待って!」

言い終わるや否や、割って大きな声を発したのはキスティスだった。
全員の位置する中心で囲まれるように立っているキスティスは、スコールに向けていた瞳を真っ直ぐそのままに、一歩前へと体を乗り出す。キスティスの声に合わせて全員の眼差しがスコールからキスティスへと移動する。

「ねぇ、そんなことしたらゼルが言うように戦力が半減するだけで何も変わらないわ。第一、モンスターを排除するのにチームを分ける必要があるの?唯でさえ分が悪いっていうのに、人数まで減らしてしまったら、それこそ全滅の可能性が増えるだけじゃない。そんな危険な真似、わざわざ選ぶ必要なんて無いわ」
「そうだぜ!だったら、班なんて分けないで、このまま六人でいる方がよっぽど安全だろ!」

戸惑い露わに反論を示すキスティスに続き、ゼルもその場で立ち上がるとスコールに楯突くように問う。
キスティスとゼルは、「信じられない」と、まるで顔にそのままの言葉を書いたように歪めた表情を作って、焦りを帯びた瞳を見開いている。いや、二人だけではない。
声に出して意思を表すことは無いが、スコールの言葉にじっと耳を傾けていたセルフィやアーヴァイン。痛めた腕を押えて荒い呼吸に肩を上下させているリノアも、その表情は同じだ。
そんな彼らを見つめながら、スコールは顔色一つ変えないまま、手にしていたガンブレードを強く握りしめる。

「ただ班を分けるだけならそうかもしれない。だが、このまま全員で戦い続けていても無駄に傷を負い、アイテムを消費するだけだ。それを避けるためにも班を分ける。無論、ただ分けるつもりはない。バトルがメインとなる班のアビリティを最大まで強化してだ」
「アビリティの強化ですって?」

長い睫毛が縁取るセルリアンブルーの瞳を揺らし、更に驚いたとばかりに声を荒げるキスティスに対して、スコールは冷静にただひとつ頷く。

「ああ、俺達は今、それぞれの能力が均等になるようG・Fと疑似魔法のジャンクションをしている。だが討伐班へ。疑似魔法とG・Fの受け渡しを行いジャンクションすれば、今よりも能力値を上げることができる。自ずと戦いにも余裕が生まれる。アビリティを強化したチームは周辺モンスターを排除し、もう一班を誘導して出口までのルートを確保する。そうすればバトルも今以上にスムーズになるだろ?」

スコールの導き出した答えに全員が息をのみ、そして言葉を失った。
辺りを取り囲む木々が風に煽られ葉と葉を擦り合わせて揺らす。ざわざわと騒ぐ音は、まるで仲間達の胸中を察するかのごとく、耳障りに鳴り響いていた。

「確かに……アビリティを強化することで今までよりもバトルがラクになるのは間違いないわ」

「だけど」と言葉に詰まり、口元に手をあてて考え込むキスティスは、深く俯いたままスコールの意見に同意すべきか考えあぐねているようだった。

アビリティを強化することによって前線に立つメンバーの能力は向上し、今までよりも格段優位になるのは明らかだ。
しかし、ジャンクションを外し疑似魔法まで失ったメンバーはどうだろう。いくら先導する班が周辺モンスターを討伐しようとも、確実に全てのモンスターを排除できる保証など何処にも無いのだ。それどころか、もしも残されたメンバーがバトルに遭遇してしまえば、逆に今まで以上のリスクを背負うことになるではないか。
ジャンクションを外した場合のリスクの大きさは、スコール含め、ここに居る全員が言われるまでもなく理解している。これまで様々な戦いの中でG・Fの必要性を、身を持って知ってきたからだ。ジャンクションすることで得られる底知れない力は今や必要不可欠とも言える。だからこそ、失った時の負担がどれほどのものかも容易に想像できる。
あまりにも無謀だった。


誰も何も口にしようとはしない。
ただ一様に重苦しい表情を浮かべるだけで俯いていた。

決して良案とは言えない。誰もがそう感じているのだろう。

瞼を閉じ、ひとつ呼吸を吐いたスコールは全員を見渡す。
彼らが躊躇う気持ちがわからない訳ではなかった。いや、それ処か反対されて当然だと感じていた。複数あるだろう選択肢の中から導き出したこの作戦は、ある意味、博打のような危うさを伴っているのだから。
キスティスやゼルが言っていることは正しい。確かにこのまま六人で行動を取っている方が安全なのは解る。
だが、そうできない理由があった……。

仲間達を見つめていた瞳を横へスライドさせ、スコールはリノアの漆黒の瞳を見つめた。
目に飛び込んだ黒。普段から明るく笑顔の絶えないその瞳は今、痛みと苦しみに囚われている。


決断に絶対的な自信があるわけでは無かった。
自分が下す判断で誰かが傷を負う可能背だってある。不安が無い訳ではない。
けれど一刻を争う今、躊躇っている時間はもう、ない。

迷いを振り払って意を決したスコールは、最後にもう一度全員の顔を見渡し、口を開く。

「異論がなければチームを分ける」

スコールの泰然とした声が森の中に静かに響いた。