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18.六日後

大陸横断鉄道が海底トンネルを抜け車内の窓に青い空を映し出すと、先程までの闇が嘘のように、列車は柔らかい日差しに包まれた。SeeD専用キャビン、光にあふれた廊下の窓に、スコールはもたれるように佇み流れ行く景色を眺めていた。

バラムの到着を告げるアナウンスが流れると、まるで見計らっていたように窓越しに流れる景色は海と草原の風景から町並みへと移り変わり、青を基調としたホテルに装飾されたタイルが、差し込む光を乱反射させ淡く青色に輝く姿が見え始めていた。
この六日間、トラビアで目にしていた雪景色がまるで嘘のように、バラムの街には眩しい程の太陽が降り注いでいる。
今日は暑い一日になるかもしれない。
車内の窓から空を見上げ差し込む光の眩しさにスコールが目を細めると、背後の客室から扉の開く音が聞こえた。
振り返りスコールが目を向けると、開いた扉の前には、歩き出すのを躊躇うようにゼルが立ち止まっていた。そこにスコールが居た事を予想していなかったのだろう。驚いたように小さく口を開く彼は、スコールと目が合ってしまった事に気まずさを覚えたのか、その視線を床へと逃がした。

あれからゼルとは会話をしていない。

トラビアから舟でドールに渡り、ティンバーを経由してこの車輛に乗り継いだ間も、ゼルとは一言も口を利かなかった。

スコールはゼルに向けた視線を再び窓の外に戻しながら、当然だろうと感じた。ゼルは不快な気持ちを抱いているだろう。理由はどうあれ、あの男を見捨てるも同然の事をし、ゼルを傷つける言葉までも口にしたのだから……。例えどう思われようとも、どんな態度を取られようとも、それは自分が招いた結果に過ぎず、全て受け入れる以外ないのだと、頭の片隅で感じていた。
スコールが目を向ける窓の外には、すでにバラム駅の構内が見え始めている。様々な人々が行き交うバラムのプラットホームは今日も雑然と込み合っている。

「やっと……着いたな……」

それまで扉の前で身動きを忘れたように立ち尽くしていたゼルは、車内に響いた二度目の到着を知らせるアナウンスと共にスコールの横へゆっくりと進み、窓枠に手を付く格好で首を伸ばしながら外の様子を窺う。そして短くただ一言だけを口にした。
スコールはゼルの方へ目線だけで意識を向けるが、すでに窓枠から手を放していたゼルは、床に置かれた荷物を肩にかつぐと出口に向かって歩き出していた。
それ以上の言葉は何も掛けず、相変らず目も合わせないままではあったが、不思議とゼルの発した声には厳しさを感じられなかった。黙ってゼルの背を見送ったスコールは暫くその方向に目をやっていたが、やがてゆっくり足元を動かすと客室へ戻り、自分の荷物を手に取って出口まで足を進めた。


高いブレーキ音を響かせる列車はガタリと片側に大きく揺れ停車する。
停止した車両は完全に安定が保たれるのを待ってから外へと繋がる扉を開き、潮の香りの混ざった暖かい空気をゆるやかに車内の中へ取り込む。暖かく、そして心地よい風はまるで出迎えるように頬を撫で通り抜け、その馴染み深い香りと暖かさに帰って来たのだと改めて実感する事が出来た。心なしかスコールの表情にも安堵の色が浮かび、それは一足先に列車から下りたゼルにとっても同じだった。ゼルは両腕を真上に広げると開放されたように伸びをしている。

「バラムだぁ~~!!」

のんびりとした声色でそう言い、伸ばした両腕を左右に孤を描いて腿の横に下ろすゼルは、振り返ると苦味を含んだ何とも言いがたい表情を向け「帰ろうぜ」と、一言だけ口にした。
その言葉に驚いたスコールが微かに目を見開いてしまうと、ゼルは困ったように後ろ頭に手を当てて軽く笑ってみせた。
ゼルが全てを許したとは決して思えなかった。けれどスコールに声を掛け、苦味を含ませながらも笑顔を見せたゼルは、互いの間に生まれてしまった蟠りを少しでも解消しようと努力していたのかもしれない。
スコールが言葉の代わりに小さく頷いて答えると、それを切欠に二人は出口を目指して歩き始めた。


駅の出入口は異様な雑踏を見せていた為に、なかなか先へ進むことが出来なかった。大きな荷物を手にした人々は足早に列車に乗り込もうと先を急ぎ、別れを惜しむように肩を抱き合う者はその瞳に涙を浮べていた。
ふとスコールは周りを見渡す。日頃から観光地として賑わいを見せるバラムではあるが、今日の混み合は異常な程である。それは普段の賑わいとは大きく異なり、どこか殺伐とした雰囲気にも伺える。駅のホームに集まる人々はこの地に足を運んできたと言うよりは、むしろその真逆で一刻も早くこの土地を去ろうとしているようにすら見えた。
――――何処かおかしい。
眉をひそめるスコールに気が付いたのか、ゼルも同じように困惑した表情を浮かべると振り返る。

「なぁ何か変じゃねぇか?なんでこんなに人が居んだ?いつも駅は混んでたけどよ……だけど、こんな様子見たことねぇよ」
「ああ、何かあったのかもしれない……急ごう」

ゼルがスコールの言葉に頷くと二人は人の波を縫うように掻き分けながら先へと進み、やっとの思いで駅の構内から外へ出る。
しかし状況はホームの中とまるで変わらなかった。バラム市街の人々は普段の穏やかさを忘れてしまったかのように忙しなく動き回り、慌てた様子を見せ混乱していた。
ここが本当にバラムなのか。そう疑ってしまいそうな程だ。余りにも様子が違う。
行き交う人々は冷静さを失い、誰もが我先にと争っている。ある者は家族の手を引きながら駅へと向かい、ある者は堅く閉ざした窓から脅えた表情で外の様子を伺っている。何処からか子供の泣き声がし、別の場所では揉め合う声が響いている。しかし、誰も振り返らない。誰もが足を進めたまま決して立ち止まらず、気に留めようとする者は、一人と居なかった。

「なんなんだよ……」

ゼルの呟いた一言を耳にしながら、スコールは入り乱れて雑然とした歩道を見つめていた。駅のファサードから少し離れた場所。歩道の端で、重なり合う人々の中に混じる、よく見知った顔をスコールは目の端に捕らえた気がしたからだ。
もう一度その場に目を遣ると、どうやら見間違いではなさそうだった。誰かを探すようにその者は混み合う人々の中で首を左右にふって辺りを見回していた。

――――やはり何かが起きた。

人混みの中に見た人物によって、この状況に只ならぬ何かが関与していると、確信めいたものをスコールは感じる。
わざわざ駅にまで出向いているくらいだ。それだけ緊急な要件を伝える必要があったのだろう。
それも通信ではなく口頭で。
悪い知らせだと察するには充分だった。

「キスティス!!」

スコールが声を上げて呼ぶと、人混みの中で周りを見回していたキスティスが慌ててこちらに振り返った。目が合ったキスティスは、ほっとした安堵の表情の中に、彼女にしてはめずらしい当惑の色をわずかに漂わせ、足早にヒールの音を鳴らしながら駆け寄る。

「よかったわ、スコール!入れ違いにならないか心配だったのよ!」
「ああ、いったい何があった」
「それが……!」

話し始めようとしたキスティスの背に人の肩が激しくぶつかり、倒れそうになった彼女を支えたスコールは周りを確認した。
――――ここは人が多い。どこか別の場所は……。
スコールが周囲を見渡していると、道の端に少しだけ奥まった路地が目に入る。

「ここでは人が邪魔だ」

スコールは指を向けて示した路地に歩き出すと、ゼルとキスティスは頷きそれに続く。

大通りから反れて小脇の通路に入ってしまうと若干ではあるが落ち着きを得ることが出来た。だが何処も変らず、人々が入り乱れて行き来している状況に変わりはなく、幾分かましな程度であった。

「スコールから連絡を受けた直後の事なの……」

唐突に話し出したキスティスにスコールは大通りから視線を戻す。連絡とはトラビアから発つ際に舟の中から報告した帰還の知らせを言っているのだろう。
スコールが頷くとキスティスは何かの決意を固めたような表情で空気を吸い込み、スコールとゼルを真っ直ぐに見つめた。

「あなた達がトラビアに発つ前、私が伝染病について話をしたのは覚えているわね?」

キスティスの言葉に瞬時に反応を見せ、顔を上げたのはゼルだった。ゼルはトラビアでの事を思い出しているのか、悔しさとも戸惑ともいえない表情で眉を顰めながらキスティスを見ると、頷いて覚えてる、と口にした。

「覚えてる……けど、それと今の状況に……何か関係があるのか?」

緊迫した面持ちで問い掛けるゼルに視線を移したキスティスは何故かそこで言葉に詰まってしまい、一瞬だけ瞳を揺らすと、口元に運んだ片手を噛むような仕草で当てた。地面を見つめるキスティスの表情は、何かの考えを巡らしているとも解釈できたのだが、隠しきれない困惑に彼女自身が戸惑っているようでもあり、その様子と姿に、スコールですら言い知れぬ不安を抱かずにはいられなかった。

「キスティス、順を追う必要はない。何が有ったのかだけを話してくれ」

スコールのその言葉にはっとしたように顔を上げたキスティスは、落ち着きを取り戻そうと口元に当てていた手を額に移しながら長い溜息を吐く。

「…………ごめんなさい。そうね」

雑念を振り払うように首を数回振ったキスティスはもう一度二人に顔を向け話し始める。

「……あなた達の居ない間。……そう、この六日間に世界が大きく変わってしまったのよ……」
「世界が変わった?」

余りにも現実離れしたキスティスの一言は、思わずスコールの顔に険しい表情を浮べさせる。恐らく隣に佇むゼルも同じ表情を浮べていたに違いない。

「ええ。二人が発つ前に私が聞かせた伝染病……その病は異常なスピードで勢力を拡大していて、今、世界中を飲み込む勢いで広がっているの。六日前までが信じられない程に。今や世界各国で感染者が増え続け、多くの人が…………命を落としているわ」
「……世界中に広がってるって……。そんなの……そんな事あり得るのかよ?たった六日間なんだぞ?冗談じゃねぇ!」
「だからよ!だからこそこんな状況に陥ってしまったの!」

信じられるかと口にするゼルに対し、事の深刻さを理解させようとするキスティスは両腕を広げて訴えた。広げた腕は、バラムで起きている今の状況を示しており、世界規模で起き始めている実態の一環として例えている。
普段から落着き払い、冷静な判断を下すはずのキスティスは明らかにその冷静さを失い動揺を露にしたまま語っており、その珍しい姿はどんな雄弁な言葉を聞かされるよりも圧倒的な効果をもたらした。ゼルも認めざるを得ない状況が直ぐ目の前に差し迫っていることを、納得する以前に嫌でも呑み込まなければいけないのだと思い知り、固い表情と握った拳に悔しさを込めると俯いてしまう。スコールはキスティスに向けていた視線をもう一度、大通りへ移し、行き交う人々の恐怖と不安に歪められた顔を追った。

「バラムでも感染者が出た。そういう事なのか?」

スコールの声に息を呑み込んだゼルは、慌てて顔を上げキスティスへと向き直り、真意のほどを確かめるかのごとく目を向ける。
向けられた視線を受け止めたキスティスは、心苦しそうに表情を歪めると目を逸らして先程も見せた動揺をまたその顔に浮べた。

「キスティス……」

スコールは振り返りキスティスを見つめる。

「あんたは、さっきから何を躊躇っているんだ」

訝しがる。と言うよりも、スコールの物言いには全てを見通しているようなニュアンスさえ含まれていた。キスティスはスコールと見つめ合わせていた瞳をゆっくりと伏せると何かを諦めるように静かに足元を眺める。

「ほんの数時間前よ。丁度あなたから連絡を受けた直後の事、司令室に一報が入ったの……バラム市内に三人の感染者が出たって。内一人が接触による感染で、もう二人は原因不明の発病。
それまでバラムには感染者が出ていなかった事もあって、避難目的で訪れていた人が多かったものだから、私たちはパニックを防ぐ為にもすぐさま駆けつけ患者を隔離したの。だけど、それだけでは終わらなかった……更に三時間後、あなた達を出迎える直前、ほんのさっきよ。新たな患者が生まれた。それも、感染者と接触した訳でもないのに突然……九人も。その内の二人がSeeDで…………」

そこで言葉を止めたキスティスは顔を上げ、スコールを見つめた。


「感染者……接触して感染した以外の全員がある事を口にしたの……」

キスティスの表情は、やはり不安と当惑に揺れていた。
けれどそれはキスティスだけではなかったのかも知れない。

「……どういうことだよ……それ……」

呼吸を乱し、固く拳を握っているゼルも。
必死に逃げ場を求める人々も…………



「魔女が現れ、ある事を告げた。……そう言ったの」



誰もが同じ顔を浮べていたに違いない。



「それもアデルや歴代の魔女達が……」




まるで全ての喧騒が消えたように音を失っていた。
思い出したのは、いつか見たあの月光と、リノアの笑顔。
そしてあの言葉。


『お前が呼んだのだよ、全てを失い、悲しみを与える為に』