短編小説




1.不運な一日 ―Zell Dincht―

「ゼルって……本当に器用だったんだね」

呟くように掛けられた小さな声に顔を上げると、目の前の席に腰を掛けていたリノアが、テーブルの表面についた両肘に重心を預けながら頬を支え、真剣な眼差しを向けていた。

「だったって……信用してなかったのか!?」
「そんなこと無いけど、でも…………」

うーん、と唸るように考えて天井を見上げるリノアは、頬杖をついたまま目を細めると、「ちょっと意外かも……」と、少しだけ肩を揺らして笑った。
その様子を上目に伺いながら、やっぱりそう見えちまうよな~。なんて、俺は自分の事にもかかわらず妙に納得してしまい、認めてどうするんだよ!と、込み上げた虚しさを否定するように慌てて首を振った。

気を取り直して手元に意識を戻し、細心の注意を払いながら指先を動かす事にする。

「そういやーこの前、セルフィにも似たようなこと言われたんだよなぁー」
「セルフィに?」
「おう!なんかよ、ネックレスのチェーンが絡まって取れないって言うから俺が取ってやったんだよ、そしたらよ……」
「ゼルって意外と器用なんやぁ~」
「えっ」

リノアが一瞬セルフィに見えた。いやいや、見えたって言うか、セルフィか?って疑うくらいにまるっきり同じ言葉が返って来たもんだから、リノアの顔にセルフィの顔が重なって見えた。
それともいつの間にか居たのか?慌てて周囲を見渡してみるけど、そこに居るのはやっぱりリノアだけで、セルフィの姿は……どこにも無い。

「リノア、セルフィから聞いてたのか?」
「うん?何を?」
「今の話だよ、ネックレスの話!」
「んー?聞いてないよぉ?」

俺の言葉に顔を上げたリノアと瞳を合わせたまま向かい合う。
けれど、それは一瞬の事で、直ぐに視線を移したリノアは俺の手元を食い入るように見つめた。

「そっ……か、だよな……」

リノアの様子をそっと伺い、今のリノアは俺の話なんかより手元の……つまり俺の手の中にある"物"の事で、頭がいっぱいなんだろうなと思った。
いつも疎いだとか、鈍感だって言われ続けている俺でも、それくらいの事はわかるよな、やっぱり。


呟きながら手元に意識を戻そうとした所で、ふと、妙な視線を感じてもう一度顔を上げた。
椅子に座ったまま身体ごとよじって後方へ振り返ると、俺達と同じように向かい合わせに腰を掛けている数人の女子生徒が、まるで不可解なものでも見たかのように、怪訝に眉を顰めて俺等を見つめていたのに気が付いた。
……俺等って言うよりは、俺の事をピンポイントに絞り、まるで推察でもするような目を向けている――――とも感じなくも無い。


生徒達は俺と目が合うと同時にさっと顔を逸らし、不自然なほど何事も無かったように会話に戻って行った。


昼の喧騒が過ぎ去った学生食堂には俺等の他にも数人の生徒達が各々の時間を過ごしている。
わかるだけでもざっと……10人って所か?よくよく見渡してみると、今まで気付いてなかっただけで、誰もが一様に眉を顰め、不可思議な現象でも見たかのような困惑した顔を浮かべてこちらにチラチラと鋭い視線をぶつけていた。
けれどその誰もが、俺と目が合うと同時に、どこか気まずそうに顔を逸らしてしまう。
偶然にも遭遇した目撃してはまずい場面を興味本位で覗いていた事に気が付いたみたいに、はっ、と驚いて肩を持ち上げると、うろたえた表情を浮べてそそくさと会話に戻る。といった様子だ。だけど彼等には興味を削ぐといった考えはどうやら毛頭ないらしく、俺の視界から外れたと同時にまた目を向けてるみたいだった。

そりゃそうだよな。

振り返っていた姿勢から元に戻り、リノアを見上げると、彼女はどうしたのかと訊くみたいに両眉を持ち上げた。
俺は首を振って何でもないと応えながら、候補生達が投げ掛ける視線の意味を考えていた。まー敢えて考える必要も無く、大凡の検討はついているわけだが。

学生食堂の中でも特に日当たりの良い場所。
ここはリノアの最もお気に入りの場所らしく、リノアがこの席に座って食事をしたり、話をしている姿を度々見掛けていた。
そして必ずと言っても良いほどリノアの傍にはある人物が向かい合って座っていたのも――――最近では当たり前の光景になっていた。

ガーデン一の名物コンビ。その二人はいつもこの席に居てバラムガーデンの話題の的になってたりするんだけど、
……当然ながらその相手は俺じゃない。

だからこそだ。だからこそ、俺はこんな注目を一身に集める羽目になっているんだと思う。


「あら、珍しいわね」

自分の手元を見つめ、掌の中にある存在を目にしながら今の状況に到るまでの理由を思い出していた処で、声を掛けられた。

「キスティス!!」

俺が遅れて顔を上げると、訝しげな表情を浮べて立っているキスティスに、対照的な笑顔を向けているリノアが答えている所だった。

「二人して…………いったい何してるのよ?」

周りを見渡した後、ほとんど俺に対して訊くように言ったキスティスは、片眉を吊り上げると、笑いを堪えるように顔を歪め、誰もが聞きたがっているだろう質問を代弁して投げ掛ける。

「内緒だよ~!」

けれどそれに答えたのは、ふふ、と小さく笑ったリノアで、リノアはキスティスに悪戯っぽい視線を向けていた。

「やあね、内緒だなんて。誰かさんが聞いたら勘違いでも起こしかねないわね?」
「わっ!やめろってキスティス!冗談に聞こえねーって!」
「あら…………私は冗談なんて言ってるつもりは無いけど?」

言葉通り、キスティスは冗談なんて述べてない。といった顔を作って「大変ね~」と繰り返すから質が悪い。

だけど――確かに冗談で済まされない所が有るんだよな……。特にリノアに関する事だとな。

俺はこの場に居合わせていない、話題の人物を思い浮かべながら胸の中で溜息を吐いてしまう。
俺とリノアが友人関係であるのは誰もが知っている事だ。
こうやって二人きりで会っていたとしても、そこにやましい理由が有るわけじゃ無い。余程の事でも無いかぎり――。
いやいや、余程も何もやましい事なんて一切ある筈無いんだけどよ。って言うかそんな事、恐ろしくて考えたくもない!
あいつの場合、本気で何するかわからねーからよ。
俺はブンブンと首を左右に振ると話題を変えることにした。

「コレだよコレ!リノアに頼まれてコレを作ろうとしてんだって!」
「……えっ」

覗き込むように顔を寄せたキスティスが、俺の掌の中に置かれている"物"を見つめて眉を寄せた。

「…………………粘土?」
「まー粘土なんだけどよ、これはシルバークレイって言って、純銀パウダーを粘土状に加工した物なんだよ」
「純銀を加工?これが?……ただの粘土にしか見えないわね……」
「今の状態だと粘土にしか見えねぇんだけどさ、乾燥させて焼くと、銀の微粉末が焼結して純金に変わるってわけなんだよ!んで、これを使って――」
「まさかアクセサリーでも作ろうとしていた訳?」

目を丸くして顔を上げたキスティスに俺が頷いて答えると、目の前のリノアも釣られるように笑って頷いた。

「私がゼルに作り方を教えて欲しいって言ったんだ!」
「リノアが?」
「うん!」
「何でまたそんな急に……」
「うーん、ちょっとね。欲しいなぁって思ってたのがあったんだけど……」

無言のまま佇み、意外だと言った様子でリノアを見つめているキスティスに、リノアは恥ずかしそうに肩を竦めると「自分で作ってみたいと思ったの」と、笑った。

キスティスは首を傾げながらテーブルの表面へと目を移す。テーブルの上に広げられていた雑誌に気が付いたのか、キスティスはそこに顔を近付けると何かを探し求めるように覗き込んでいた。

雑誌は、数日前にリノアがアクセサリーを作る参考にと俺の所に持って来た物で、それが偶然なのか、敢えて選んで来たのかは分からなかったけど、タイミングよくシルバーアクセサリーの特集が組まれていた。
色鮮やかな写真をうまい具合にレイアウトして華やかさを演出しているページには、端の方に少しだけ男物が掲載され、その他は女物の様々なアクセサリーが埋め尽くすように掲載されていた。ペンダントトップだったりピアスだったり指輪だったり……中にはペアリングも載っている、って確かリノアは言ってたよな。

「なるほどねー……」
雑誌に目を走らせていたキスティスが顔を上げるとリノアに向かってニッコリと微笑んだ。
「私はこういった物に疎いから知らなかったけど……結構、値も張るのねぇ」
「うん……そうなんだよね……」
「でも、そうね。手作りはいい案だと思うわよ?」
「本当!?……実は私も良いかな?って思ったんだ」

雑誌の表面を指先でコツコツと叩いたキスティスはリノアと顔を見合わせると無言の会話をしているみたいに笑い合った。
俺はそんな二人のやり取りを、意味もわからず見ているしか出来ない。女同士のこういった雰囲気……っていうのか?たまにこういった場面に居合わせる事があるけど、俺にはどーも苦手だ。何とも言いがたい曖昧な空気に背中がむず痒くなる。

「さっ、そろそろ行かないとまずいわね」

背筋を正して大きく空気を吸い込んだキスティスは、左腕にしている腕時計で時刻を確認すると、振り向きざまに俺に目を向けた。

「ゼル、今日はもう程々にして、別の日にでもした方が良いと思うわよ?」
「へ?何でだ?」
「スコール、もうすぐ帰ってくるわよ?」
「スコール?…………マジかよ!だってアイツ、まだ当分の間は任務のはずだろ!?」
「フルスピードで仕事を片付けたみたいよ。……まったく、スコールはそれでいいかもしれないけど、一緒に任務に就いている子がまいっちゃってて……」
独り言を呟くキスティスは、「気持ちは分からなくもないけど」と、言って困った顔をリノアに向け笑い掛けた。

「あなた達がそんなに仲良さそうにしている所を見たら、どうなるかわからないわよ?……それじゃぁね!」

キスティスはくるりと身体を反転させると、そんな不吉な言葉を言い残して去って行く。
俺はただ呆然としたまま、去り行くキスティスの背中を見送るしか出来ない。

スコールに見られたらって……まさかそんな事有るわけ無いだろ。
第一に相手が俺だぞ!誤解が生まれるような事なんて、まず有るはず無い!

「ゼル、あのね」

リノアの呼びかけに俺が返事をすると、リノアは首を横に伸ばして、俺の背後にある柱に掛けられているだろう時計を覗き込む。

「実はさっきスコールから連絡もらったの。あと三時間後くらいに戻れるって……だからそれまで、もう少しだけ付き合ってもらっても良いかな?」

手元にあった携帯に指を当ててスコールからの連絡があった事を示した後、お願い!と顔の前で両手を合わせて頼み込むリノアに、俺は頷くと「わかった」と伝えた。まー三時間もあれば大丈夫だろうと思った。シルバー作りを初めて経験する、って言ってもそこまで難しい作業じゃないし、多く見積もっても二時間もあれば焼く手前の工程を終えるくらいは出来る。スコールが帰るまでには充分間に合うはず。


けど、――――リノアの不器用さは、俺の想像を遥かに超えていた……らしい。


あれから一時間半ほどが経過したけれど、進捗状況は決して良いとは言えない状態にある。
シルバー作りは形を整えた銀粘土を一度乾燥させ、その後、表面を磨いたり道具を使って模様を彫りながらデザインを施し、形を整えていく。
リノアが今回選んだ物はシルバーリングだった。リングは指の号数調節さえ間違わなければ、それ程難しい作業は無い。デザインに関して言っても、今回は雑誌に掲載されているものを参考にして彫る予定だし、大した苦労は無いだろうと、そう思っていた。

けれど、その彫る作業にこそ苦戦を強いられてしまった。


「わ!またヒビが入っちゃったよー!」
「……大丈夫だって!ほら!ヒビくらいなら水で湿らせれば、いくらでも修正できるからよ!」
「うっ……うん」
「それよりもっと力抜けって、そんなに力入れてるとまた折れるか――あ!!!」

俺が言い終わる前にリノアの指先から滑るように二つの欠片が落下した。
テーブルの表面を目掛けて勢い良くダイブした欠片は、カツン!と、状況に似つかわしくないほど小気味良い音を鳴らして転がった。

「嘘だろ……」

唖然としたまま言葉を洩らしてしまった後、はっとしてリノアを見上げた。すると、リノアの瞳には今にも零れてしまいそうな涙が目の端に溜まっていた。

「わっ!!!リノア!?」
「もう……サイテー……なんで失敗しちゃうんだろう……」

呟くリノアは全身の力が抜けたみたいにズルズルとテーブルの上に突っ伏してしまう。


乾燥させた粘土は例えるならチョークと似た状態で、ある程度の硬さはあるものの、決して頑丈とは言えない。
そのため、扱いには慎重さも要求される。形を施すにも強い力を持って扱えば簡単にヒビが入るし、場合によっては折れる事もある。
けれど……リノアの失敗は今回で7回目だ。……短時間でコレだけの失敗を出来るのも……ある意味才能なのかもしれない。

「元気出せって!……ほら!まだ時間はあるし俺も手伝うからよ!」

言いながら手を伸ばして粘土を練り、リングの形を作っていると、机に突っ伏していたリノアが身体を起こした。

「ありがとうゼル」
「おう!気にすんなって!頑張ろうぜ!」

腕まくりの仕草をしながら俺が言うと、リノアは強く頷き同じように腕をまくって笑った。

それからのリノアの集中力は凄かった。
時々危なっかしい一面も見せたものの、リング作りは今のところ大きな問題も無く順調に進んでいる。
何もなかった真っ平らな粘土の表面には着々と複数のラインが刻まれ、次第にデザインが具現化する。
リノアの絶望的な不器用さに、もしかするとこのまま打開策を見つける事が出来ないまま終わってしまうかもしれないと、俺は内心案じてたんだけど、どうやら取り越し苦労に終わりそうだった。

「もう、その位でいいんじゃねぇか?」
「本当?もう大丈夫かな?」
「ほら、やり過ぎるとまた割れるかもしれないからよ」
「うん、そうだよね。……よし!完成!」

掌にリングを乗せて表面を確認したリノアは、完成の感動を噛み締めるように嬉しさに目を細めた。
リノアの表情を横目に見ながら俺は振り返って、背後の時計で時刻を確認する。スコールが戻るまで、あと45分。
……いくらか余裕がありそうだった。

「リノア、作ったリング、このケースに入れておけよ!焼く作業は俺がやっとくからさ」
「え?……いいの?」
「おう!焼くのは難しいだろ?あとは俺がやるから任せとけって!」
「うん!ありがとう。じゃーお願いするね……あっごめん、ちょっとまって!」

俺が差し出した乳白色のプラスチックケースにリングを入れようとした所で、リノアは突然何かを思い出したように、再びリングを彫り始めた。
それも表面じゃなくて内側を。
いったい何を彫ってるのか、と思って俺が顔を近付けると、リノアの指の隙間から文字のようなものが見えた。
けれど何が書いて有ったのかまではわからない。その前にリノアがプラスチックケースにリングを収めてしまったからだ。

「もう……いいのか?」
「うん!ごめんね、これで本当に完成だよ!」

そう答えたリノアの表情は、まるで何かを待ち望む子供のように、期待と喜びを入り交えた表情を浮べていた。
俺は頷くとリノアからシルバーリングの入ったケースを受け取った。
いったい何を書いたんだ?とは訊かなかった。なんとなく訊いてはいけない気がしたからだ。……本当に何となくなんだけどよ。

「……あのさ、リノア」
「え?何?」

呼びかけると、リノアは驚いたように訊き返して背筋を正した。
たぶんそれは、俺がガラにもなく真剣な表情を浮べていたから、だと思う。

「実は俺も頼みたい事があってさ」
「頼み事?ゼルが??……何だろう、私に出来ることかな?」
「おう!ただ、その前にコレだけ約束して欲しいんだ!……俺がこれから言う事、見せる事。全部リノアの胸の中だけに留めておいてほしい」
「……えっと、つまり……口外されたくない、ってことだよね?」
「おう、出来るか?」
「……うん、わかった!ゼルにはたくさんお世話になっちゃったしね、私に出来る事だったら何でもやるよ?」
「本当か!?助かるぜ!!!」

一時の緊張から解放された俺は、早速ハーフパンツのポケットに手を突っ込んでその中に有る物を取り出した。
取り出した物をテーブルの表面に乗せるとリノアは、きょとんと目を丸くしたまま暫くそれを見つめ、幾らか経った後に机上の物を見比べるように顔を左右に振った。

「これが俺の頼み事なんだけどよ」
「これが?……でも、これって…………私がリングを入れてもらったケースと同じ物だよね?」
「そうなんだけどさ、こっちは別物。この中には――俺が作った物が入ってんだよ」

辺りを見回して、誰も居ない事を確認した俺はそっとケースの蓋を開ける。

「こ、これっ……リング?シルバーリングだよね!?それも………………女の子の……?」
「おっ、おう……」
「…………あっ!!もしかして、これ!三つ編み――!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」

リノアが思わず上げそうになった名前を止めようと、俺は勢い任せに立ち上がるとリノアの口元に手を押し当てた。
立ち上がった反動でバランスを失った椅子が後方に倒れたらしく、食堂一体にガタン!!と激しく耳を突く音が響き渡り、次の瞬間、水を打ったような静けさが広がっていた。
恐る恐る振り返ってみると、当然だけど視線が俺に集まっている。痛いほどにだ。

「わっ……わりぃ!リノア!」
「う……ううん!」

リノアの口元から手を放すと、転がったままの椅子を起こして何事も無かったように腰を下ろした。

「そ、そのさ……この前リノアから雑誌を預かっただろ?あの時に俺も何か作ってみようと思ったんだよ、だけど俺、普段からアクセサリーなんてしねぇし……だから……」

顔を上げると、リノアが真っ赤な顔をして俺の事を見つめていた。
釣られる様に俺の顔まで熱くなるのが、わかる。

「これも焼いてない状態だから、わかり難いかもしれなんだけどよ、一度、誰かに見てもらいたくてさ……」
「うん、うん!……そうだよね、女の子の物だとわからないもんね!でも私なんかで良いのかな?」
「た…頼む!!!」

数時間前のリノアのように、俺も顔の前で両手を合わせて頼み込むと、「まかせて!」と明るい声が返って来る。
リノアが頷いたのを確認してからケースの蓋を開き、シルバーリングの原型――これからシルバーリングに変わる予定の、乾燥した粘土のままであるリングを取り出した。
それを受け取ろうと、両手を水をすくうような格好で差し出したリノアの手を取り、掌の中にそっとシルバーリングを乗せようとした。


――――その時、俺の背筋に寒気が走った。


寒気なんてもんじゃなかった。今までに感じた事も無いような恐怖が一瞬で全身を凍りつかせる。
そんな凍てついた空気を感じ取ってしまった。

「スススッス!!!スコール!!!!!」

勢いよく振り向くと、その先には、いつの間に戻って来たのかスコールが立っていた。それも、今までに見た事の無いくらい恐ろしい形相と殺気を纏ってだ……。

「お!お前!!いつから居たんだよっっ!!!」
「……いつから居ようが、関係ないだろ」

睨みつけるように鋭い視線をぶつけているスコールの表情は、見るからに不機嫌そのものといった様子で、近付こうものなら空気だけで人を切り裂けるんじゃないかって、そんな風にすら思えた。

「あの……ゼル」

リノアが遠慮がちに声を掛ける。
振り返って目に飛び込んだ光景に、俺の顔からは更に血の気が引いた。

俺はリノアの手を――――あの時、シルバーリングを乗せようとして取ったリノアの手を、信じられないほど握り締めていた。たぶん恐怖の為だと思うんだけど……にしたって!スコールの目の前で、それも両手で包み込むようにだ。

「うわぁああっっ!!!」

慌てて、手を離したと同時に天井がグルリと反回転して、ガタン!と耳を劈く音が辺りに響く。
続いて背中に激痛が走った。
どうやら飛び退いた勢いで、さっきと同じように椅子が倒れたらしい。だけど大きく異なるのは、俺も一緒になって倒れ込んでいた事と、周りに居た連中が強張った表情で目もくれずにそそくさと食堂を後にしている事だった。

「ゼル、もう用はすんだのか」
スコールが、相変わらずの表情で訊いてくる。

「よ、よう??なんの用だよ!?」
「リノアへの用だ!!」


――コク、コク、コク。
頷くしかないだろ!この場合!!


「そうか。だったら、行くぞリノア」
「え?……わっ!スコール?」

スコールはリノアの手を取ると、半ば強引にリノアを連れて食堂を後にする。
途中、振り返ったリノアが顔の前で片手を当てて『ごめん!』と誤った気がしたけど…………気のせいかもしれない。

俺は床に仰け反ったまま息を吐くと、空気の抜け切った風船みたいにその場に力なくうな垂れた。

「勘弁してくれよ……」

知らず言葉が洩れてくる。
今日、一日の俺の苦労……誰かわかってくれよなぁー……。

だけど俺の不運な一日は、まだ終わってなかったらしい。

起き上がろうと椅子をずらした時、パキ!っと小枝を踏むような音がした。
慌てて飛び起きて椅子を退けると、粉々になった粘土の欠片が床に散らばっていた。
それは俺が作ったシルバーリングの原型で……いや、もうその原型すら残ってない状態なんだけど。

「勘弁してくれって!!!」

もう一度仰向けに倒れると大声で叫んだ。
食堂の中に俺の大声が響き渡ったけど、聞いてるヤツなんて一人も居ない。

誰かわかってくれよなぁー……ほんと!!

2007/11/19 UP