短編小説




2.HVARF ―Quistis Trepe―

12月も残すところ数日で終わりを迎えようとしている。

この時期、世間は全ての面倒くさい事柄を忘れたがっているように、何処も煌びやかな電飾に彩られ、浮かれ立った様子で活気付く。
街を歩けば、嫌と言うほど耳にしたメロディーが、それでも執拗に付き纏い、目を向ければ美しさを通り越したクドイくらいのイルミネーションが飛び込んでくる。
喜びや賑やかさにあふれた街並み。家族や恋人達が浮べる輝いた笑顔。誰もが、何かを待ちわびている。

私はどうもこの時期を好む事ができない。


それは昔からというわけではなく、正確に言えば、ある時を境にしてからかもしれない。
今となってはこんな考えしか抱けない私でも、幼い頃はこの時期を、今か今かと待ち望んでいたりもしていた。
これまで誰かに話した事なんて無いけれど、幼い頃の私ったら、本気でトナカイの引く橇に乗ってプレゼントを運ぶ素敵な人が居るのだと思い込んでいたのよ。その上、その素敵な人は私の所までやって来て、きっと願いを叶えてくれるのだとさえ思っていた。
それはもう、思い返すとあまりにも幼かった自分自身に呆れると同時に、少しばかりの愛おしささえ覚えてしまいそうなくらい。

けれどそれは本当に幼い頃の話であって、もちろん今は信じてなどいない。
いいえ、認めざるを得なかったのよ。
そんなおとぎ話、あるはずがないのだと。

他の子供達と比べると私は比較的早い時期に、この話が嘘なのだと気付いてしまった。
それは多分、まだあの孤児院で皆と共に過ごしていた頃。私が里親に引き取られる……少し前の事だったと思うわ。




*  *  *  *  *




ガーデンの廊下を一周して取り囲む噴水は、今日も穏やかなメロディーを奏でて流れている。
どのくらいその場に立ち止まっていたのだろう。ふと気が付いた時、ふくらはぎに僅かな気だるさがあった。
ここ最近、足元のヒールに煩わしさを感じる事が多くなった。例えば忙しく動き回った日や、立ったままでいることが多い日など(SeeDなのだから、それは当たり前なのだけれど)気だるさを感じずにはいられない。
少し前まではこんな痛みを覚えるなんて無かったはずなのに。と、過去を振り返っては溜息を洩らしてしまうほど。
単純にヒールなど履かなければいい話なのだけれど……そういう訳にもいかないのよ。
そもそも、ヒールを履き始めた切欠がいけなかったわ。
理由は本当に簡単。
けれど私にとっては重要な意味があったから。


10歳の時にガーデンに入学して15歳でSeeD試験に合格した。自負するわけではないけれど、周りからはガーデン始まって以来の逸材だ。なんて、常に褒め称えられたものだわ。けれど、と言うべきかしら。だからこそと言うべきかなのかしら?どちらにせよ賞されると同じ分だけ、いいえ、もしかしたらそれ以上だったかもしれないわね。とにかくやっかみを言われ続けたのよ。

いつからか思うようになった。
誰にも文句を言われず、認められたいと。

少しでも大人に近づく事で、本当に認められるような気さえして……だから私はヒールを手に取った。
たったそれだけの理由。
今思うと、その強がりこそが大変に子供じみた行動で笑いたくなってしまうのだけれど、私はそれだけの理由でヒールを履き始め……今もその想いに執着している。
本当に可愛くない子供だったと思うわ。私が自分自身で感じているくらいなのだから、周りの大人達はそれ以上の煩わしさを抱いていたのではないかと、今は思う。

時々思うのよね、私もリノアみたいに……あの子みたいに可愛らしい一面があれば……もっと違ったのかもしれないって。



ふくらはぎに溜まった疲労感を取り除くために一度だけ足首を捻ると噴水の傍まで足を進め、気に留める事などほとんど無くなってしまったガーデンの風景を見つめようと、手摺に重心をあずけながら顔を上げた。
エレベーターホールを中心にぐるりと囲いながら設計されたガーデンの廊下、その両脇に人工的に造られた水路。その水路にはいつもと同じように噴水から湧き出た水が穏やかな音を奏でながら流れ、変わらない姿をそこに留めている。
けれど今、その風景の一部分にちょっとした変化が訪れた。
変化という言葉で表すには小さな出来事かもしれないけれど、ガーデンに造られた水路には今、大きなツリーが立っている。廊下の端にではない。水路の中にだ。方角で例えるなら東西南北と、エレベーターホールを中心にして四方を点で結ぶように、様々な装飾に飾られたモミの木が水中に埋め込まれたアッパーライトに照らされながら幻想的な姿で佇んでいる。
こんな突飛な考えを起こすなど、もちろん私にはできないことで、だったら誰がこんな事を始めたのかと言うとそれは、

『ガーデンに学園祭以外のイベントがあってもええやろ?』

と、例の彼女らしいトラビア訛りで訴えた実行委員の一人、セルフィの案だった。

あの時、「イベントってこの事だったわけ?」と目の前にある、まだ飾りつけも終えていなかった大きなモミの木を指差しながら、これから何を始めるつもりだったのかを知った私がそう訊くと、水路の中心で木の高さとほとんど変わりない脚立に跨っていたセルフィは、振り返って両手を振っていたと思う。




*  *  *  *  *




「ええやろ~」

そう言って笑顔を向けたセルフィの手には、クリスマスツリーの飾り付けでよく目にする球体形の装飾品、グラスボールのオーナメントがその手いっぱいに握られていた。
「いいって……いくらなんでもこれはやりすぎよ!」
「あ!リノアーー!そこの箱もお願いーー!」

私の言葉を聞き流すように大声を上げてセルフィが呼びかけた方角に目をやると、廊下の先から積み上げられた箱を両腕いっぱいに抱えるリノアがこちらに向かっている所だった。
箱はリノアの目線ギリギリまで高く積み上げられた状態で、視界が悪いのかリノアはフラフラとしたおぼつかない足取りでこちらに向かっている。その姿はあまりにも不安定で心許無いように見えてしい、私は急いで傍まで駆け寄ると積み上がった箱の数個を上段から取って自分の腕に抱えた。

「ちょっと、リノア大丈夫なの?」
「わっ、キスティス!ビックリした!」

急に視界が開けたリノアは言葉の通り、驚いた表情を浮べていた。

「ビックリしたのはこっちよ!もう、あなたまで手伝っていたの?全然知らなかったわ」
「え?あ、これの事……?」
そう言ったリノアは手にしている箱を、少しだけ前に突き出して首を傾げた。
「そうよ、他に何があるの!それに、セルフィからクリスマスのイベントを実行委員で開くとは聞いていたけど……まさかこんな大掛かりなことするなんて……」

両手に抱える箱を持ち直しながら、セルフィが作業しているツリーの傍まで二人で並んで廊下を渡る。
先程セルフィと話していた時に、足元には今抱えている箱と同じものがいくつも積み上げられていた。いくつかの箱は蓋が開き、中に様々なオーナメントが入っていたのが見えていたから、きっとこの箱にも同じものが入っているのではないかと思う。
水路へ目を向けてみると、セルフィ以外の候補生が数人、各自の持ち場で同じような作業をしている姿が確認できる。きっと実行委員の子達だろう。彼らはガーデンの水路から突き抜けて生えたように立っているツリーを相手に、まるで格闘でもするかのように飾り付けを進めている。水路の中に流れていた水は一時的に止めてあるのか本来そこに有るべき水は、現在無い。だから作業中の子達が濡れてしまう心配は無いのだけれど……やはり、こんな場所に人が立っているのは普段なら考えられないことで、違和感が芽生えるとともに可笑しさまで込み上げてしまった。
「すごいわね」
つい洩らしてしまった言葉に振り向いたリノアが、同じように水路へと目を向け笑顔を浮べる。

「うん、私も最初はビックリしちゃった!だけど……凄いよね、これが本当に完成したらすごく綺麗だし、きっと皆も喜んでくれるよね!」
「そうね……」
「それにね、今、何だかすごく楽しいし嬉しくて!」
「嬉しい?」

抱えていた箱をセルフィ達が作業する近くまで運び終えると、リノアはゆっくりと屈んで箱を床に下ろし、中身を確かめるように一つ一つの蓋を開きながら「うん!嬉しい」と言って、見上げて笑った。
リノアが“楽しい”と口にした言葉の意味は理解できた。彼女が催し物や賑わった雰囲気を好むのは、訊かずともその性格から察することは充分できたし、クリスマスという行事自体が、何より彼女の心をはずませるのだろうと思えたから。ただ、“嬉しい”と言った言葉の意味はいまひとつ納得することが出来なかった。それは単純に私がクリスマスを好んでいないことから、共感できないだけなのかもしれないけれど……。

「ねーキスティス。キスティスは……クリスマスが好き?」

リノアと同じように先程まで手に抱えていた箱を床に下ろし、その中に眠っているオーナメントの一つ一つを眺めるように手にしながら取り出していたら、リノアは突然にそう訊いた。
何故そんな事を訊くのかわからず、少しだけ動揺しそうになった心を落ち着かせて目を向けると、同じように飾りを取り出す作業をしていたリノアは、掌の中にある星型のオーナメントをぼんやりと見つめていた。

「どうかしらね、よくわからないわ……だけど、リノアは好きでしょ?」

はっきりとした答えを述べるのを避けるため、同じ問を返す。あえて訊かずとも、リノアの答えはわかっていたのだけれど、そうする事で自分へ向けられた関心を違う方向へと運びたかった。……けれど、返ってきた答えはあまりにも意外なものだった。

「うーん、本当はあまり好きじゃない……かな?」
「えっ?」

思わず落としてしまいそうになったグラスボールを慌てて掴み直し、傷付けずに済んだ事にほっと息を洩らすと、「意外だった?」と頭上で声がした。
いつの間にか立ち上がっていたリノアは手摺まで足を進めると、その場から何処か遠くを見つめるかのように、まだ飾り付を終えていないツリーを見つめた。

「冗談でしょ?」
「ううん、ほんとだよ?クリスマスなんてダーイッキライ!!ってこの時期になるとよく言ってたもん!」

くるりと身を翻し、手摺に腰元をもたれ掛けるとリノアは肩を竦ませて笑顔を見せた。

「ほら、クリスマスって言ったら家族皆で楽しく過ごす日でしょ?だけど私は一人で過ごす事が多かったの。……お母さんが居た頃はそんな事は無かったんだけど。……だからね、サンタさんにお願いしたこともあったんだよ?プレゼントいりません!その代わりにまた家族三人でクリスマスが過ごしたいです~って、でも、そんな願い事が叶うはずは無いんだけどね」

冗談でも言うような口調で、幼い頃の辛かっただろう思い出を語るリノアは、悲しい表情など少しも見せずに、やはり笑顔を覗かせている。
何か言葉を掛ける事もできずに、私は手にしていたグラスボールをもう一度見つめ、そこに映る自分の顔をぼんやりと眺めた。球体のカーブに沿って映し出されている湾曲した自分の顔はどこか幼く見え、そして今にも泣き出してしまいそうな歪んだ表情にも見えた。その幼い自分を撫でてやるように、空いていた片手でグラスボールの表面に触れると、私の頭の中には記憶の底から滲み出るように、ある言葉が浮かび上がる。

『大丈夫、だってサンタさんはプレゼントを届けてくれるんだよ?私がお願いしてあげるから大丈夫。だからほら、泣かないで?』

それは昔、まだクリスマスというものを心待ちにしていた頃の、幼い自分の言葉。
そして叶えられなかった願いだった。

「それからかな?クリスマスが……好きじゃないって思うようになったのは」
リノアの言葉に顔を上げると、「でもね」と言葉が続く。
「でもね、今は違うでしょ?今はたくさんの人が私の周りには居て、いっぱい支えられてる。こうやって皆でクリスマスを迎えるために準備をしたり。……なんだかね、あの時に貰えなかったプレゼントを今もらってるような、そんな気がするの」
「だから……嬉しい?」

私の言葉にリノアは「うん!」と言って大きく頷いた。

「リノアは強いわね」

彼女が浮かべる笑顔を見つめていると、自然と自分の頬までもが笑みに柔らかくなるのがわかる。
どんなに辛く悲しい事があろうとも、リノアはその苦しみを乗り越える力を持っている。それがこの子の強さであり魅力の一つなのだろうとさえ思える。だからこそ、心を閉ざしていたスコールもこの子に惹かれ、失っていたものを取り戻す事が出来たのだろと、そう思える。

もしスコールにリノアに惹かれた理由を訊き出そうとしても、あの子の事だから絶対に教えようとはしないだろうけど、仮に答えが返るのだとしたらスコールはきっと、そう答えるのではないだろうかと思う。
何故なら、私もスコールと同じようにリノアの魅力に惹かれている一人だから。
だから、彼の気持ちは訊かずとも、よくわかる。

「リノア、クリスマスはスコールと一緒に過ごすんでしょ?」

私の言葉に顔を上げたリノアは、頬を薄く染めると小さく頷き、そして可愛らしく微笑んでいた。




*  *  *  *  *




目の前の飾り付けを終えたツリーを見つめたまま、どのくらいぼんやりしていたのだろう。
長い時間この場に居たように感じてしまい、慌てて腕時計に目をやり時間を確認してみると、感覚で予測したのとほぼ変わりない時間を過ごしていたことを知った。
手摺に預けていた重心を開放し、足元のヒールの感覚を確かめるように一歩踏み出すと、誰も居ない静まり返った廊下にカツンと高い音が響き渡った。その音を聞くために、わざと踵に力を込めて左右の足を交互に踏み出し廊下に何度も高い音を響かせる。

「この音……」
――この音がかっこよくて、いつも憧れていたのよね。

振り返ってクリスマスツリーを見上げてみた。あの時、セルフィやリノアが熱心に装飾を施していたクリスマスツリーは今、様々なオーナメントとライトに彩られ、美しい姿で佇んでいる。
本当に綺麗な姿だと思った。
もう一度ヒールの音を鳴り響かせながら廊下を渡り、エレベーターフロアーへと向かう。緩やかな曲線を描く水路へと目を向けながら歩き、やがてフロアー前の階段が見え始めると、そこによく見知った人物がエレベーターを待っていたのに気が付いた。

「スコール!」

慌てて階段まで足を速め、上りきった所で声を掛けると、すでに降りてきたエレベーターに乗り込んでいたスコールは待ってくれていたのか扉に手を掛けたまま顔を上げた。
スコールと顔を合わせるのは、彼が任務に出てから数日振りで、久しぶりに見たスコールの顔には、最後に見掛けた時よりもいくらかの疲労が滲んでいるように伺えた。

「ありがとう、待っていてくれたのね」
「ああ、あんたが近くに居るのはそれでわかるからな」

そう言ったスコールは私の足元を示した指先を移動させて、学園長室のある三階ボタンを押して、行き先を問うように空中に指先を止めたまま目を向ける。同じ場所へ用事のあった私は答える代わりに首を傾げて頷き、目的の場所が同じであることを伝えた。
それにしても……。
エレベーター内の壁に背を持たれかけさせると、狭い空間にもやはりヒールの音が小さく響く。
この音で私が居た事に気付いたと口にしたスコール。いったい、いつからそんな言葉を言えるようになったのかと感心してしまった。
昔、『壁にでも話してろ』と言った人物と同一とは、とても思えない。もしも気のある女の子が同じ言葉を聞いたとしたら、間違えなく勘違いを起こしかけないとも思う。とは言え彼の気持ちが揺らぐ事は決して無いのだろうけど。

「そう言えば、クリスマスはリノアと過ごせるみたいね。どこか行くの?」

こんな問にスコールがいい顔をするとは思えなかったけれどあえて訊く事にした。当然ながら振り返ったスコールの顔は不機嫌一色といった具合だった。
けれどその顔が、ふと、ばつの悪い何とも言い難い表情へと変化する。

「……任務が入った」
「任務ですって?」
「ああ、帰還途中に学園長から連絡が入った。詳しい内容は聞いていないが、任務依頼のはずだ」
「リノアには?」

訊ねる私にスコールは首を振って「伝えてない」と言う。
彼の言葉と同時に、三階へと辿り着いたエレベーターが短く到着の合図を鳴らして扉を開く。先に出てしてしまったスコールは何も言わずに学園長室へと歩き出してしまい、私も慌てて彼の後を追うようにエレベーターから下りる。

「ねースコール!あなたクリスマスは好き?」

突然に投げ掛けられた言葉にスコールはまるで言葉の意味がわからないとでも言いたげな表情で振り返った。けれど構うことなく言葉を続ける。

「私はずっと嫌いだったわ。……昔ね、私にとって大切な子が居たの。その子はいつも泣いていたわ。大切な人を失いその影ばかりを追っていつも泣いていた。だから私はクリスマスに願ったの。自分への贈り物は何も要らない……代わりにあの子の大切な人を返して下さいって」

それは私が幼い頃に経験した記憶であり、この日を嫌うようになった理由だった。
幼いあの頃、私はまだクリスマスを心待ちにしていた。一年の内のたった一日だけは、願いが全て叶うのだと思い込み、その願いをある事へと託そうとした。
自分への贈り物は何も要らないから、失ってしまった人を……突然に私達の前から消えてしまった人を返してほしいと願った。それは私自身の為でもあり、私の大切な人の為でもあった。
けれど、そんな願いは当然叶わず、失った人を取り戻すことはできなかった。

スコールは相変わらず眉根を寄せて見つめている。
そのスコールの表情を見ながら、私はツリーの前で聞いたリノアの言葉を思い出していた。いつも明るく笑顔を見せていたリノア、そのリノアが告げた幼い頃の記憶。彼女が体験した悲しみは、自分が抱えていたものとまったく同じだった。だからこそ、その悲しみを誰よりもわかってあげることが出来ると思った。

「私はずっとこの日が嫌いだった。でもね、今、その日を心待ちにしている子も居るの」

たぶん、あの時に感じた悲しさは、願いが叶わなかったことへの悲しみではなく、何もできなかった無力な自分への悔しさだったのかもしれない。

「だから……悲しませることはしないで頂戴」

幼かったあの頃、自分の力ではどうすることもできない無力な私達は、ただ望みを願い待ち続けることしかできず、叶わなかった願いにただ悲しむことしか出来なかった。
けれど、今は違う。
今は望みを願い、叶え、そして叶えてあげる力がある。幼かった頃には無かった力が今はある。だから私は叶えてやりたいと思った。
同じ悲しみを抱き、けれどその悲しみに囚われず、この日を嬉しいと言っていたリノアの願いと、昔、泣いてばかりいたあなたに……あの時に叶えてやれなかった願いを今こそ叶えてあげたいと思った。



学園長室の扉の前に足を進めてドアの前に立つ。ノックしようと手を持ち上げた時、ふと思い出した事があった。
「スコール」
私の呼びかけにスコールは首を傾げてそれに応える。

「あなた、いつもそうやって任務、任務って言っているけど……女の子がいつまでもおとなしく待っていると思ったら大間違いよ。女なんて切り替えの早い生き物なんだから、他に優しくしてくれる男が居れば簡単になびくものよ。それにね、男子候補生の話題にリノアの名前がよく上がってるみたいよ?司令官の恐さを知らない勇気ある若者達はあなたの留守を見計らって声を掛けてるみたいだし、少しは注意…………って!ちょっと、スコール!」

私が言葉を言い切らない内にスコールは走ってエレベーターまで戻ると、ちょうどこの階に上がってきたシュウと入れ違いになるように中に飛び乗った。
降りようとしていたシュウはぶつかりそうになったスコールに文句を言い、スコールは「すまない」と言いながらエレベーターの扉を直ぐに閉めてしまう。

「スコール!リノアは食堂に居るわよ!」

閉まり掛けの扉に向かって声を上げると、その隙間からスコールが手を上げて応えたのが一瞬確認できた。
その姿を見送りながら、そんなに慌てるほど不安になったのかと、込み上がった笑いを堪えずにはいられなかった。
不機嫌そうに顔を歪めたシュウが側に来ると、いったい何が有ったのかと問う。

「スコールにね、もっと危機感をもつように注意していたところよ」
「……危機感?」
「そう、半分は本当で半分嘘の情報なんだけど……まさかあんなに慌てるとは思わなかったわ」
「ああ、もしかしてリノア?」

勘のいいシュウは何のことであるのか直ぐに察したようだった。
リノアが男子の間で話題に上がっているのは本当の話、けれど声まで掛けている勇気ある若者が居るという話は真っ赤な嘘。
スコールの恐さは誰もが知っている。第一にあの二人の間に割り込もうとしても結果は目に見えている。負け戦なんて誰も好んでしたがらないもの。

「それよりキスティス、学園長に用があったんじゃないの?」
「え?ええ、そうよ。私とスコールの予定を入れ替えてほしくて……」
「それなら……」

ほら、と言ったシュウの目線の先に振り向くと、学園長室の扉前にはいつからそこに居たのか、学園長が立っていた。
微笑を浮べている学園長は、「賑やかな声が聞こえましてね」と言ってにこやかに微笑むと私達を迎え入れる。

「学園長、実はお願いがありまして」

私は頭の中でスケジュールを思い出し、クリスマスに予定が入っていない事をもう一度確認する。
この日に仕事以外の予定が無いだなんて、傍から見れば寂しく思われるかもしれないけど……でも、私はこれでいいと思っている。
何故なら今までには決して抱くことの無かった満足感をこの日に覚えることができそうだから。
そして、私にとって大切な二人が喜んでくれることが、何よりも幸せだと思えたから。


ほんの少しだけ好きだと思えるようになったこの日。
来年こそは自分のために――。

2007/12/23 UP