7.光の梯子

スコールは何件目かの家を後にしていた。
多少の変化は見られるものの、どの民家も先ほどと同様に襲われたとは言いがたい姿を留めていた。とは言えそれは室内に関しての話であり、外に至ってはどこも酷い有様であった。これだけの惨劇を生み出しているにもかかわらず、室内はパニックに陥った様子も無く、ひっそりと静寂を浮べている。
血まみれの光景に相反する乱れ無き姿。この矛盾は何か理由があるのだろうか。

スコールは壁に近付くと、そこにべったりと付着した染みを見る。これが血痕である事は間違え無い。変色はしているものの、日数的にもさほど経っているようには見られず、ここ数日の物だと判断していいだろう。だが、この血痕が村人の物か、又は人間の物であるのか……そこまでは判断することが出来ず、知らずスコールの口元からは溜息が漏れていた。

「スコールさん!」

呼ばれ振り返った先に運転手の男が立っていた。
彼は軽く会釈をするとスコールにゆっくりと近付き、溜息混じりに笑ってみせる。

「きっと驚かれましたよね。数日前に私達は一度この場所へ来ているのですが、始めてこの光景を目にした時は言葉を失いました……。昔の面影など微塵も無い……愕然とせざるを得ませんでしたから……」

「……面影?以前のこの場所を知っているのですか?」

昔を懐かしむその言い方に不信感を抱き男の方に体を向けて訊くと、そこには少し困ったような表情を浮べて口元だけで笑っている顔が在った。
彼は目を逸らすと足元に広がる雪を見つめたまま口を閉ざしてしまい、それ以上の言葉を切り出そうとはしなかった。
頭上に高い鳴き声が響きスコールが見上げると、空には一羽の鳥が弧を描きながら飛翔し、風に乗りながら静かに時の中を流れるように羽ばたいていた。その緩やかな動きはこの村が抱えている状況には似つかわしくない姿であり、けれど本来この場所が持っていた穏やかさを表しているかのようにも見えた。
やがて男はゆっくりとした動きでひとつ頷き、そして口を開く。

「故郷なんです。……と言っても幼い頃に両親を失って以来、一度も戻っていませんでしたが」

彼は何かを思い出すかのように空を見上げ、そして村をゆっくりと見渡す。

「魔女アデルが女の子供を狩りを始めた時のことです。あの日、この村は襲われました。17年前の……あの夜に。
まだ幼かった私には何が起きているのかさえもわからず、ただ時が過ぎ去るのを隠れて待つことしか出来ませんでした。……私には妹が居たのですが、彼女はエスタ兵に連れ去られてしまった。それに抵抗しようとした両親はその時に殺されてしまい、何人かの大人達も同じように犠牲になりました。
村が静けさを取り戻した頃、そこはすでに私の生まれ育った場所ではなく、丁度、今と同様に変わり果てた姿になっていました。今のこの村が見せる姿。まるで幼い日の……あの時を見ているようなんですよ。あの時も沢山の血が流れていましたからね」

「そうか」

辛い記憶を語らせてしまった事にスコールが詫びると、男は笑顔を見せ顔の前で手を左右に大きく振って見せた。

「いえ、いいんです、過去のことですからね……未だに気にしていたらこの現場での仕事になんて就かないですよ。……ですが、今ここで起きている状況はやはり許せません。何とか解決する事が出来れば……いえ、きっと解決させましょう」

男はにっこりと穏やかな、けれども強い意思の込められた笑顔を見せるとスコールの前に右手を差し出していた。共に力を合わせよう。そう意味合いを込めて差し出されたそれに気が付いたスコールは、顔を上げ相手の瞳を見る。
そこには、強い意志の含まれた瞳が真っ直ぐに向けられていた。

スコールはゆっくりと手を持ち上げ、男の意思に応える為に同じように右手を差し出す。
スコールの手を取り、返事を受け取った彼は、その行為が合図だったとばかりに突然に破顔すると、空気の抜けた風船のように安堵の溜息を吐き肩の力を抜いて前屈みに体を折り曲げた。
突然の反応。握手を交わしただけだろ?と訳が解らず眉間に皺を寄せて訝しがる様でスコールが見ていると、視線に気が付いた男は先ほどよりも更に大きく手を振り、苦笑を浮かべた顔で捲し立てて喋った。

「あ……すみません!……いや!何と言いますか、オーラがあると言うか……気安く話し掛けられないような方に見えてたもので、何だか嬉しくって!!」
「は……?」

男の言い放った言葉が余りにも拍子抜けする一言だったので、スコールは少し上擦った声を上げてしまった。
更に眉頭に深く皺を寄せると、腰に手を置き呆れた表情で相手を見る。

(あんた、どれだけ話し掛けてたと思ってるんだよ)

そう声に出してしまいたい衝動に駆られたスコールだったが、それすら面倒に感じられた。

スコールの不機嫌そうな表情。特に深く寄せられた眉元から表情を読みとってしまった男は、慌てて取り繕うと焦り、更に要らぬ言葉を吐いてしまう。

「あ!そっ、それに…その、怒らせないよう気を付けるようにと……伺っていたもので……」
「…………」
「ああ!!!すっ、すみませんっ!!」
「……誰からですか?」
「……はい?」
「誰から言われた」

男は冷や汗を浮かべると、ゆっくりと震えた指先をある方向へと真っ直ぐに差した。
その方に視線を向けたスコールは額に手を当て、ガックリと項垂れる。そして深い溜息をついた。





―――……ゼル……か。

ゼルは今朝と同じように、片手を大きく振りながら全速力で向かって来ていた。スコールは事が片付いたら一発殴ってやろうかと、密かに心に誓いを立て体を向ける。

「スコール!!おお!?運転手さんも!」

ゼルはスコールの元まで辿り着くと、両手を膝に付いて荒い呼吸を数回繰り返した。かなりの距離を全力で走ってきたらしく、何度か深呼吸を繰り返し、いくらか落ち着いた所でやっと言葉を発した。

「何かあったのか?」
「……いや、あったて言うか、見て欲しい物が有るんだ!」

その言葉だけを聞くと、無駄な遣り取りは一切せずにスコールとゼルは顔を見合わせ頷き合う。共に戦いの中に身を置いてきた二人には言葉で表さずとも言わんとする事がわかる時がある。
ゼルが今来た道へと走り出す間際、スコールは思い出したように歩みを止めると男の方へ振り返り声を掛けた。

「あなたはここに残っていて下さい」
「いえ、私も行きます!この辺りの事は私の方が詳しいですから、お役に立てると思います!」

男は強い意思を覗かせ首を縦に振ると脚を一歩前に出す。

スコールは黙っていたが、頷くと視線を前方へと戻して走り出した。







ゼルの後を追いやってきたのは深い森の中だった。
緑生茂る森の中をかなり奥まで進んだ所で突然に、まるで違う空間に放り込まれたような錯覚を起こした。
そこはポッカリと開けた場所になっており、丸く中心を取り囲む形で樹木が立ち並んでいた。一歩踏み出したスコールは急に感じた眩しさに目を細め、腕を顔の前に上げる。
眩しさの理由。それは天からの光が木の葉や枝の隙間を通り抜け、スポットライトのように幾筋も大地に降り注いでいる事からだった。

天使の梯子。

ゆっくりと頭上を仰ぎながら、スコールは浮かんだ言葉の意味を思い出していた。
それはリノアの口から聞いた言葉だった。

以前、雲の隙間から放射線状に広がり大地を照らしている何本もの光の柱を見て、リノアはそう言っていた。雲の間から伸びる光は、天使が地上へと降り立つ為の梯子なんだと言い、そして嬉しそうに瞳を輝かせると、特別な場所や特別な時にしか見ることが出来ないのだと微笑んでいた。
スコールはもう一度目の前の景色に視線を這わせ、今のこの景色もあの時に似ていると思う。そして相応しい場所だとも。木々の隙間から降り注ぐ光は梯子となって天と地を繋ぐ。ここはそんな言葉が最も相応しい場所であった。
細めた目をゆっくりと開き、腕を下ろすと中心を見据える。


光の梯子。その中心にひっそりと一つの墓があった。


光は墓を優しく包み込むように降り注いでいる。もし本当に天使が居るのなら、このような場所に存在するのだろうか。
そう思ってしまえる程に美しく、そして優しい。

ゼルは墓の側へと近付くと振り返る。

「俺がこの近くに居る時、何かから逃げる動物やモンスターと出くわしてよ…・・・何か有ると思って来たのが此処だったんだ。結局その理由は分からないままなんだけど…。んで、見てもらいたいってのは、これだ」

そう言うとゼルは墓の中心に掛けられていた花のリースを手に取った。リースにはこの地方で咲く花がいくつも編まれており、今にも甘い香りが漂いそうなほど生き生きと、その美しい姿を留めていた。それを確認したスコールは頷き、視線を後ろに居た男へ向ける。

「この辺りで、あの村以外に人が生活している場所は無いと聞いていましたが」
「え?……ええ、この周辺であの村以外に生活をしている者はいません。以前この山へ来た時にそれは確認していますので間違いはありません……」
「この場所が以前にもあったかは知っていますか?」
「いえ、この場所は今始めて知りました。そもそも、この村の者は死者を水に返すという考えがあって、墓は作らず海に散骨する風習があるので……このような物は無いはずなんですが……」

それだけ聞くとスコールは視線を戻してしまった。

男は訳が解らないと言った困惑した表情でスコールとゼルを交互に見る。それに気が付いたゼルは笑顔を見せると、もう一度リースを手に取り男に説明を始めた。

「ほら、このリースまだ新しいだろ?生花なのにこれだけ新鮮って事は此処に置かれてから時間が経ってないって事なんだよ」
「は……はい」
それでもまだ分からないと曖昧な返事を返してしまうと、ゼルは後頭部を掻きながら困ったと言うように苦笑し、スコールを見る。

「ここに有る筈のない墓と、真新しいリース。つまり、俺達以外の誰かが存在し此処に居た事になるだろ」

スコールの言い放った言葉にはっとする。意味を理解し、やっと一つの答えに辿り着く事が出来ると、男は次第に大きく目を見開き二人の顔を交互に見る。

「い……以前からこの土地に居た者だとすれば、あそこで起きた事を知っているかもしれない。或いは関係者の可能性も有ると言う事ですか……!?」

スコールとゼルはゆっくりと頷いた。

「周りをもっと調べる必要がありそうだな」
「おう!そうだな」

スコールとゼルは淡々と何かの話を続けている。
しかし、男は動けずに二人の様子を見守る事しか出来なかった。

スコールの言葉を聞いて驚いてしまった。こんなにも短時間で一つの手掛かりを見つけ出してしまった彼等。その上、あのリースの意味する事。自分には説明が無ければ理解する事さえ出来なかった……。
男はもう一度、目の前の二人を見る。
この人達は、見た瞬間に一つの答えを見出してしまった。お互いに何かの言葉を交わした訳でもないのに。コレがSeeDなのだろうか?まだ十代のこの少年達が……。それだけ厳しい世界に身を置いていると言う事なのかもしれない。そして彼らの力は、この程度では終わらないのだろう。

考えを巡らせていると、スコールの視線を感じ男は慌てて返事をした。

「どうしかしましたか?」
「壁の血痕を調べる事は出来ますか?」

血痕?一瞬考えたが、直ぐに民家の壁に付着した染みだと理解し、コクコクと頷く。

「少し時間が掛かると思いますが大丈夫です」
「お願いします」

スコールの言葉に男は頷いて返事をする。

解決するかも知れない……。
心に明るい光が射す気がすると、その想いは沸々と湧き上がるようにして胸の中に広がる。
知らず顔が綻び、喜びの笑いが小さく漏れてしまう。その様子を額に傷を持つ少年が気付いたらしく、眉間に皺を寄せているのが見えた。何だか可笑しくて笑ってしまうと、彼は背を向けてしまった。

この人達と出会えて良かった。心からそう思えた。
この場所で起きた事が解決すると確信が芽生える。それは彼等の存在によって。
だが、それだけじゃない。共に……彼等と共に過ごせる時間に嬉しさを覚えたのだ。共に仕事を出来る喜び。共に解決したいと思える喜び。様々な想い。

空を見上げると、木々の間から漏れる光に眩しく包まれるようであった。
光に目を細め彼は思う。



彼等に出会えて良かった。