8.学生食堂

勢い良くベッドの上に制服がすべり落ちる。女性物のSeeD正装服。
クローゼットから取り出した私服へ腕を通し、洋服と肌の間に挟まれた髪を後ろに払いのける。ベッドに投げられた制服を乱暴に取り上げるとそれを素早くハンガーに掛け、部屋を後にした。

ガーデンに帰還したのは、つい先ほどの事。
ろくに食事を取る暇も無かった。その為に空腹状態は極限、いや、極限状態など通り越す勢いだ。
擦違った友人や後輩が話し掛けたそうな素振りを見せていたが正直それ所ではない。申し訳なさと共に笑顔で返事をしながら足早に食堂へと向かう。

トマトとナスのパスタに、ルッコラの入ったガーデンサラダ、アイスミルクティー。自分のお気に入りのメニューを頼み終わりそれらをトレーに乗せていると、食堂のおばさんが「おまけね」とコーンスープを乗せてくれた。

「わっ!嬉しい!おばちゃん、ありがとなぁ~!」

満面の笑顔で答えると、たくさん食べてもっと大きくならなきゃ駄目だよと言う。

―――この歳でまだ成長出来るんか?

実際もう少し背が高くなって欲しいとは思う。もし食べて成長できるなら、いっくらでも食べるで!
食堂のおばさんに笑って返事をして席に向かった。
昼の食事時はとっくに過ぎているからか食堂に普段のような賑やかさは無かった。けれど、そのおかげで仲の良い友人が奥の席で腰を掛けている姿を確認できた。
トレーの物が零れないように注意を払いながら足早に近付いてみると、どうやら友人は読書中だったらしく、周りの様子も気にならないほど本の世界に集中していた。彼女が本を手にしている姿はよく見掛ける。ホンマに本が好きなんやな。と頭の片隅で思いながらそっと彼女の肩を叩いて声を掛ける。

「リノア~! ただいま~!」
「セルフィ! おかえり!」

振り向いて顔を上げたリノアは、彼女特有の笑顔を見せると手元の本を静かに閉じた。
お互いに顔を合わせるのは久しぶりの事で、目の前の黒い瞳に優しく覗かれると何だか照れくさいような、くすぐったい気持ちを味わった。やっぱりリノアは可愛いなぁ……。そんな考えを巡らせながらトレーをテーブルに置き、ふとスコールもこんな気持ちを味わっているのではないかと思う。
厳しい任務を乗り越え無事に帰還。そこには優しい笑顔を向ける恋人の存在……。
きっとそうだ!同性の自分ですらリノアの愛らしさに心惹かれるくらいだ。異性である、はんちょが愛しい気持ちを抱かない筈がない!感情を表に出さない彼だけど、内心では喜んでいるに違いないだろう。今度、揶揄うついでに訊いてみようかと、ひっそりと決意する。

「何か良い事あったの?」
「え?……あ!違うんよ!何でもな~い~」

想像を巡らし知らぬ間に笑顔を浮かべていたのかもしれない。リノアに不思議そうに声を掛けられてしまい、慌てて取り繕おうと誤魔化す為にスープを口にする。上目でチラリと覗くとリノアは不思議そうな表情を浮かべたまま首を傾げていたが、やがて柔らかい微笑を口元に浮べた。

けれど、気が付いてしまった。何処となくだがリノアが見せる笑顔にいつもの元気が見られない事を。

―――何かあった?はんちょと……?

だが、彼が任務中である事を思い出す。
確かはんちょは、自分が任務へ向かう前日に発った筈だ。自分が任務に出たのが三日前だったのだから、彼は四日間ガーデンを留守にしている事になる。
寂しいとか?……いや、こんなのは毎回の事であったし、初めの頃と比べてリノアはスコールの不在に落ち込む姿を見せなくなった。少なくとも自分達の前では。

「リノア!」

リノアと声を掛けようとした時、横から同じ名前が呼ばれていた。
声のした方向に顔を向けると、そこには腰に手を当て微笑を見せるキスティスが立っていた。
これまた久しぶりの再開を果たし、キスティスへ挨拶を送ろうとするが、それは突然室内に響いた鈍い音によって遮られてしまう。振り向くと先程まで椅子に腰を掛けていた筈のリノアがテーブルに手をついて立ち上がり、キスティスに視線を向けている。どうやら今の音はリノアが勢いよく椅子から立ち上がった為に、床と椅子の脚が擦れて上がった音だったらしい。けれどその勢いの良い音とは対照的に、リノアは不安げな表情を顔いっぱい浮かべている。
突然の出来事に頭の反応は着いて行けず、飲みかけのスープを手にしたまま二人を見上げてしまった。

キスティスは腰から手を下ろすと、カツカツとヒールの音を響かせながらこちらに近付き、「スコールから連絡が来たわよ」と、溜息交じりに口を開く。
「本当!?」
「ええ。でもスコールったら酷いのよ!やっと連絡が取れたと思ったら、通信手段が無くて連絡が遅くなった。すまない。それだけよ!まったく心配したって言うのに……」

キスティスは、スコールの言葉であろう部分でわざと声を低くし、真似るように無愛想に言った。
普段なら笑いのもとになるような言い方なのに、それをリノアは真剣に聞いていたらしく、ほっと胸を撫で下ろすと徐々に笑顔を見せた。けれど、リノアの目の淵には、光る物が今にも零れ落ちそうに輝いている。


訳が解らない。まさにその言葉に尽きる状況だった。自分が任務に出ている間に何が起きたのだろうか?


「何かあったん……?」

隙を見て話に割って入ると、二人の視線がこちらに向けられた。

「セルフィ、お帰りなさい」
そう言いながらキスティスは柔らかく微笑む。

「……なんや、さっきから……二人は何の話をしてるん?全く訳が解らないんやけど」

投げ掛けた言葉に顔を見合わせたリノアとキスティスは、互いに深刻な表情を浮かべていた事に気付いたらしく、顔を見合わせたまま同時に噴き出して笑った。


キスティスの話によると、事の始まりはスコール達からの連絡が途切れた事からだったらしい。
スコール達がトラビアに到着し現地の調査班と合流したとの連絡を受けたのを最後に、その後の連絡がプツリと切れてしまったと言う。今回スコールとゼルが受けた任務は戦闘に関する内容ではなかったので、そこまでの心配は必要無いと思われた。だが、数日が経っても、余りにも何も連絡が無い。
その上リノアの携帯にも連絡が無いと言う。リノアの話では、任務時のスコールは暇を見付け必ず連絡をしてくれていたと言う。それなのに今回は一度も連絡が無いのだと……。
スコールが任務時にリノアと連絡を取っていた事はキスティスも、他の仲間達も知っていた。同じ任務に就いた時、リノアに連絡を取っている彼を知っていたからだ。そのスコールがリノアにまで連絡をよこさないのは、何かしらの理由が無ければ考えられない事で、良くない状況に巻き込まれたのだとしか思えなかった。
流石に不安になり、キスティスはスコールに連絡を取ろうとした。所が、何の不都合なのか通信機がまったく反応せず、連絡を取る事が出来ないではないか。これは一大事だ、と騒ぎ始めた頃……

「はんちょから連絡が入ったん?」

キスティスは口元に手を置き、困ったように顔を歪めて小さく噴き出した。

「本当に迷惑な話よね。こっちは何か有ったのかと思って、誰かを送るべきかの話までしていたのよ……まぁそう言う事だから、心配は要らないわよ、リノア」
「うん、キスティスありがとう!」

リノアは本当に嬉しそうな顔をして、胸元のチェーンに通された少し大きめのリングを両手でギュッと握り閉めている。そのリングが誰の物で、どれだけ大切な物なのかはよく知っている。よっぽど心配だったんだろう。見ているこちらまで切なくなってしまうその光景に、同じ思いを感じ取ったらしいキスティスがリノアの背中に、ぽんと手を当て撫でてやる。

「少し帰るのが遅くなるかもしれないけど、大きな問題は無くやっているそうよ。つまりスコールとゼルはいたって元気って事ね」
「うん」
「それと、スコールからリノアに伝言!」
「えっ?!」

キスティスの言葉にリノアは嬉しそうに顔をパッと輝かせる。

「なんや、リノア……愛してるよ……とか~?!」

キスティスに真似て声を低くしながら口を挟むと、赤くなったリノアに「ヤダーっっ!セルフィ!」の言葉と共に肩を叩かれた。
ヤダー!の割に、言葉通りの感情を感じないのは気のせいだろうか?更に、その振動で手に持っていたカップからスープが零れてしまい、べっとりと腕にかかってしまう。中身はとっくに冷めていたので火傷をする心配は無かったが、ドロドロになった腕を見て、これは言わなきゃ良かった……と、思わず苦笑いを浮かべてしまう。それを見たリノアは慌てた様子で誤りハンカチを取り出した。

「ご!ごめんセルフィ!」
「ええって気にせんで!で、キスティス伝言って?」

リノアからハンカチを受け取りキスティスを見る。

「リノアの期待に応えてあげたい所だけど……スコールからの伝言は、今居る場所が連絡を取るのに不便な所で暫く連絡が出来そうにない。心配するな。だそうよ」
「なんや~つまんな~!」
「良く考えなさいセルフィ、リノア愛してる。…………なんて、まず私達がその言葉を聞ける訳がないでしょう?!」
「……それも、そうやね……」

頷いて答え、三人で声を立てて笑い合う。周りに居た生徒達は不思議そうにこちらに視線を送っていたが、何だかそれがまた楽しいと感じてしまう。
それは束の間の幸せ。この時がとっても好きだ。辛い戦闘や嫌な事を忘れさせてくれる。

暫くの間、三人で雑談を交わしていたがキスティスは仕事が有るからと言って去った。
リノアと二人きりになり、静かな時間を楽しむ。
リノアは胸に掛かったチェーンのネックレスを先ほどから何度も何度も手の中で確かめるようにいじり、何処か遠い視線を送っている。言わずとも彼女の考えている事はわかった。これが恋と言うモノなのだろう。
その時、不意に何故かアーヴァインの顔が浮かんでしまった。
(なんや……?何でアービン?)
何故アーヴァインの顔が浮かんだのか解らず混乱する。もしや!アーヴァインからの変な電波!!? 近くに居ないかとキョロキョロと見渡すが、彼は居ない。
変なの……きっと仕事の疲れやな。そう思いながら大きく溜息を一つ付いた。


「……スコール……トラビアに居るんだね」


リノアの口から発せられた言葉に、まるでそれまでの思考にストップを掛けられたかのように一瞬停止してしまう。

しまったと思った。溜息なんて迂闊に付かなければ良かった。溜息はここには居ない彼を連想させてしまう行動だというのに……。でも、その思いの傍らで、気になった一言があった。
リノアはスコールがトラビアに居るんだね、と言った。居るんだねって、それって知らなかったって事?
任務に関する事だからはんちょは口にしてないのかもしれないけど……でも……。

「リノア、はんちょからさ、普段どの程度まで話を聞いてるの?」
「……ううん、聞いてないんだ……何にも」

二人の事に口を挟むべきではないのかも知れないが、気になった気持ちを言葉にすると、リノアは気まずそうな苦笑いで、顔を横に振った。何も知らない。の言葉と共に。
スコールの性格だ、任務に関して秘密厳守を徹底するのは何となくわかる。でも、行き先くらい教えても良いんじゃないだろうか?だって恋人なのに……。

「スコールね、仕事のこともそうなんだけど、私にあんまり自分の気持ちを言ってくれてない気がする。お仕事から帰って来た時とか、たまに凄く辛そうな顔をしてる時が有るの。私にはスコールが仕事で何があったかを聞いてあげる事は出来ないけど……辛かったら、辛いその気持ちを聞いてあげる事は出来る。でもスコールはその気持ちまでも自分の中に抱えてじっと耐えてるんだ」
「……でも、それは……はんちょの性格やろ……」
「うん。でも……ちょっと違うと思うんだ。きっとね、スコールは私に心配を掛けたくないって考えてるんだと思うの……」

有り得る話だと思った。
リノアの負担を考え、自分の気持ちを押し殺す。護りたいが故の行動が返って悲しみを生んでいる。
お互いがお互いを大切に思い過ぎるあまりに出来たずれ。恋とはどうして……こうも難しいのだろう。

「はんちょの性格だと、言葉にしてくれるのは難しそうやしな……」
「うん……」

リノアは胸元に掛かったリングをそっと包み込むように握り、俯いている。
そう、言葉は難しいと思う。
口下手で普段から自分の気持ちを口にしないような人だ。その上、共に過ごせる時間も限られている二人。
言葉にするのが難しい。時間が無い。



……ならば!!



セルフィは口の端を持ち上げ、いかにも良い考えが浮かんだような笑顔でリノアに近付き言うと、リノアは大きな瞳を更に大きくしてセルフィを見た。








『リノア……交換日記や!』